近江商人の経営哲学のひとつとして名高い「三方よし」。三方よしとは「売り手よし、買い手よし、世間良し」と表現されます。商売において売り手と買い手が満足するだけでなく、社会(世間)にまで貢献できてこそ本当の商売であるという哲学です。私は、最初に勤めた動物病院の院長からこの言葉を教わりました。100回は言われたと思います。「商売っていうのは、三方よしじゃないとならんのだよ。 あんたのためじゃない。わかるか、青年!」 SDGs、ESG、CSRなど現代ではさまざまな言葉で定義されていますが、」三方よしというシンプルな公式には、ビジネスの本質がギュッと詰まっているような気がします。「商売」はやがてビジネスとなり、資本主義化が進む中でより複雑さを増し、いまや「八方よし」にバージョンアップされはじめています。私は、事業承継・M&Aという手段が、動物病院を取り巻く環境において「八方よし」なのではないかと考えています。<動物病院の事業承継における八方よし>経営者(譲り渡す院長)事業承継者(譲り受ける人や企業)従業員取引先(製薬企業やフード企業等)顧客・どうぶつ地域社会(獣医師や獣医療業界全体)仲介企業事業承継というと、譲り渡す院長と、譲り受ける新院長にばかり目が行ってしまいがちですが、このように事業承継に関わるのは決して二者だけではありません。そして、その全ての人の為になることが期待できます。理想論ではありません。実際に実現可能です。1 .経営者よし(動物病院 院長)<経営者よしの理由>事業が継続できる雇用が継続できる引退に活路が見出せる自身に大きなインカムを生むこれまで、動物病院の多くの経営者が「廃業」を選択してきました。運良くご子息が獣医師になったり、勤務医から院長へ昇格された場合を除き。廃業は、その事業が終わりを迎え、獣医療という一つのインフラの断絶を意味します。しかし、事業承継・M&Aという手段を通じて事業を継続できたならば8方向への「よし」がもたらされます。これまで、その分水嶺には常に「事業承継=身売りではなかろうか」という心理的なブレーキが作用していたように思います。しかし、その考えも徐々に変わってきていることを感じます。VETSTECHと弊社XM&Aが共同で行った意識調査によると、事業承継やM&Aに対して45.9%がポジティブと回答しており、ネガティブと回答したのは10.2%にとどまっています。実際、グループ病院を持つ某企業には、「事業承継を考えたいが、うちの病院も検討してもらえるだろうか?」とのご連絡が日々入るようです。もちろん、弊社にも毎日のように動物病院経営者から事業承継のご登録をいただきます。いまや、身売りというイメージではなく、事業を継続できることの価値に重きを置かれている状況に変化しているのでしょう。最も大きな理由は、事業売却益が手に入ることではないでしょうか。事業価値次第ですが、事業承継により、数千万円〜億単位のインカムが期待できます。セカンドライフを過ごしたくても、退職金がないことからいつまでも続けざるを得ない、という場合に、これまで頑張った対価と、今後をゆっくり過ごす時間が得られます。2.事業承継者よし(譲り受ける獣医師・企業)<承継者よしの理由>自分の好きな医療を自分の責任で実行できる給与収入が上がるリスク低く開業ができる当然、事業承継で譲り受ける側にとっても利益をもたらします。時代は変われど、若手獣医師が「いつか自分の医療が試せる場所が欲しい」と考えているのは世の常。しかし一昔前のように、銀行融資もスムーズに行き、理想の土地で理想の病院を建てるのは難しくなりつつあります。当然、飼育頭数が減少する中(かつ病院数は増えている中)で競争に打ち勝つことは簡単ではありません。臨床スキル以外に、経営管理、マーケティング、ブランディング、プライシングなど緻密な戦術が必要になります。そんな時、事業承継はとても良い手段です。銀行は病院自体の実績も評価しますし、新規開業(創業融資)に比べ事業計画の蓋然性(確らしさ)も堅く、融資されやすい方法です。ゼロから顧客を集めることなく、既存の顧客基盤を引き継ぐことができるためリスクは最小限に抑えられます。もちろん、従業員もついてきてくれれば、リクルートにかける費用も節約できます(新規で採用しようとすれば、人材紹介企業に対し、その方の年収の3-4割の費用がかかります)。もちろん、給与収入は上がります。院長が自分の報酬より高い金額を勤務医に支払うケースなどないことからもそれはわかると思います。とはいえ、リスクはないわけではありません。勤務医でいることよりリスクはあります。しかし、新規開業に比べれば圧倒的にリスクは低いのも事実です。誤解を恐れず言えば、ローリスクハイリターンなのが事業承継です。3. 従業員よし経済産業省によると、経営者が事業承継を考える理由のトップは「従業員の雇用維持」です。また、事業承継時に重視する事項としてもトップに挙げられています(下図)。これまで、時に苦しくとも自身に付いてきてくれた従業員は、経営者にとってこの上なく大切です。廃業以外の道があるなら、と考えるのは当然のことです。自分に代わる経営者を見つけられるならば、事業を継続することができ、従業員の雇用も守ることができます。特に、お子様がいるママさんや、愛玩動物看護師免許を持たないスタッフは、再就職が難しいケースは多々あります。廃業ではなく事業承継ができれば、そうした従業員の雇用を維持しつづけることが可能です。4. 取引先よし病院を取り巻く取引先は、意外に多いものです。多くの方の相互協力により成り立っています。薬剤やフードの仕入れ先、銀行、電子カルテ事業者などなど。動物病院事業が継続できるなら、経営者が切り替わったとしても取引先との関係性は続きます。もちろん、取引先にとってもその病院が存続することはビジネスが存続することですから、大いにメリットがあります。5. 顧客よし言わずもがな、かかりつけにしてくださっている飼い主さまとどうぶつは、引き続き通うことができます。そこにはカルテがあるため、これまでの医療記録も途絶えることなく、過去と同様の治療を受けることができます。これは、飼い主さまにとってかなり大きな安心感になります。私たち獣医師が思う以上に、飼い主さまは病院のことを信頼してくださっています。そこにこれまでの経過がわかるカルテがあることは大きなメリットです。たとえ経営者や院長が変わろうとも、かかりつけ医が存続することは重要です。6. 地域よし動物病院は、その地域においてそれぞれが役割やエリアを分担しながらそのインフラを守り続けています。事業承継は、新規開業と異なり地域の競争環境を乱しません。少なくとも数の上では動物病院数はステイでいられるからです。それだけでなく、一つの病院が築き上げた伝統と基盤を、次の世代が受け継いでいくことは、その地域における獣医療インフラの持続と同義です。地域獣医療を長い目で守っていくためにも、これまでのような新規開業→廃業のライフサイクルだけでなく、事業承継によるバトンパスで紡いでいく。それは、地域獣医療の維持発展のために一役買ってくれる大事な手段であるはずです。7. 社会よしペットがもたらす人間への恩恵はさまざまなエビデンスが提示されています。飼育頭数が減ってもなおAIでは代替できない社会の第三者として、ペットはこれからも、いやこれからだからこそ求められる時代になっていくのではないでしょうか? 少なくとも私はそう願っています。そんな時、私たち獣医師の存続意義は計り知れません。企業が経営する経済合理性の高い動物病院も必要ですが、合理性だけでは語れない「地域に根ざす街の動物病院」はそれ以上に必要とされ続けるはずです。ひいては、ワンヘルスに繋がる重要な社会のエコシステムです。子供が獣医師ではないから廃業、という時代から、承継で紡いでいく時代が当たり前になれば、顧客にとって、地域にとって、社会にとってもポジティブなインパクトを見出せるのではないでしょうか。8. 仲介者よし最後に私たちの話も。もちろん、私たちのような事業承継の間に立つ仲介者にとってもビジネスとしてメリットがあります(でなければ、胡散臭いですよね)。しかし、獣医師でありながらこの事業を行っている私たちにとっては、自社のビジネス以上に重視していることがあります。それは、公平・公正・適正なM&A・事業承継の実現です。手数料の多寡にとらわれず、成果報酬獲得のために強引に進行することなく、売り手・買い手それぞれのために、そして獣医療の未来のためになる事業承継を実現することが私たちにとって最大の使命です。100回以上は言われたあの言葉が、染み付いているからなのかもしれません。「商売っていうのは、三方よしじゃないとならんのだよ。 あんたのためじゃない。わかるか、青年!」 仲介者を使うメリット事業承継には専門的な知識が必要です。それだけでなく、人生やお金も絡む話だからこそ感情的になってしまう場面もあります。だから、直接相手とやりとりをする相対(あいたい)交渉でうまくいくケースはレアです。ご自身に合った信頼できる仲介者に依頼することで、そうした難しさを解消してくれるはずです。動物病院のM&A仲介者を選ぶときに見るべきポイントは以下です。動物病院の事業承継に専門性があるか紹介だけで終わらず、しっかり並走してくれるか自社の利益だけでなく、親身になって相談に乗ってくれるか手数料は適切か、最低保証料や着手金がどの程度かまとめ八方よし。事業承継は売り手・買い手だけでなく、動物病院に関わる全ての人たちのためになる大切な手法です。ご不明な点などありましたら、以下のフォームよりお問い合わせください。関連記事この記事を書いたライター小川篤志(獣医師)東京都出身 日本獣医生命科学大学 獣医学部卒業後、宮崎犬猫総合病院 院長、TRVA夜間救急動物医療センター副院長として臨床経験を積む。ビジネスサイドに転向後、東証一部上場企業の経営企画部長に就任。新規事業、経営管理、PR / IR、ブランディング、マーケティングを統括。日本初のペット産業特化型ベンチャーキャピタルCEO、海外動物病院法人CEO等を歴任。FASAVA(アジア小動物獣医師会学会)日本支部 理事、ITスタートアップの経営企画担当を経て、XM&Aを創業。主な功績、受賞歴COVID-19感染者のペットを預かる「#stayanicomプロジェクト」の企画・統括・責任者(環境大臣 表彰)熊本大震災 ペット災害支援(熊本県知事 表彰)、西日本大豪雨ペット災害支援日本初のチャットボットを活用した保険オペレーションシステムの構築Web Media「猫との暮らし大百科(web media)」を創設。編集長に就任し、月間100万PV超のメディアに成長上場企業 / スタートアップ合わせ総額50億円超の資金調達を主導<その他現任> 公益社団法人 東京都獣医師会 理事、学校法人 ヤマザキ学園 講師facebook、Podcast