動物病院の事業承継で起きやすいトラブル事例と対策をご紹介するシリーズ記事。最初のテーマは、「契約書が薄すぎた」です。本事例は、実際に起きた事例をもとに解説用に改変してご紹介しています。特定の病院や個人を指すものではなく、当社が仲介した事例ではありません。ぜっっったいに契約書を軽視してはいけない動物病院の事業承継プロジェクトを成功させるうえで、契約書は最も重要な木の幹(みき)です。そんな契約書を「よくわからん...!」と軽視してしまうと、大きなトラブルに発展することもあります。さらに、何かあっても落とし所が決められていないので泥沼化する可能性さえあります。なぜ慎重に契約書と向き合わないといけないかと言うと、このプロジェクトは往々にして、譲り渡す側と譲り受ける側でゴールが異なるからです。譲渡側のゴール:譲り渡すこと譲受側のゴール:病院をさらに発展させること全てのケースで同様ではありませんが、ゴールに違いがあるからこそ、契約書への距離感と目線感にズレが生じてしまうことがあります。わかりやすく言えば「できるだけ承継後に責任は負いたくない」、一方は「できるだけ承継後にも責任を負ってもらいたい」というズレです。譲り受ける側にこそ、契約関係をリードしてほしい。でも...であれば、譲り渡す側としては、できれば簡単に済ませておきたいという気持ちが生じるのは当然のことです。そうなると、譲り受ける側こそ契約書にしっかり向き合うことが重要です。ですが、契約書というのは決して片方のことだけを取り決めるものではありません。お互いに決めた約束ごと(あるいはルールと言ってももいい)を文書で残しておくためのものです。それぞれの想いに違いがあったとしても、お互いのために双方が歩み寄って契約の条項を決め、書き記しておきましょう。ここからは、ケーススタディで解説していきます。Case Study|関係性を崩したくなくて、契約書をシンプルにしたら大変なことになった事例半分は架空ですが、半分は本当にあった事例です。副院長が承継。とにかく早く進めるために契約書をシンプルにしたかった副院長として5年働き、院長から病院を譲り受けました。院長には承継後も引き続き病院に残ってもらいたかったし関係性も良かったので、つい慣れない契約書から目を背け、簡単な覚書で済ませてしまいました(続く)事業承継は、お互いの人生がかかった一大プロジェクトです。どんなに近い関係性であったとしても、しっかりとした契約書が必要です。いやむしろ近い関係性だからこそ、これからの関係を崩さないために重視すべきとも言えます。例え親子間の承継であっても。事業承継において予め取り決めておくべきことは、1、2枚の覚書(おぼえがき。簡素化された契約書のこと)でまとめきれるほど少なくありません。そのため、「事業譲渡契約書」は、ホチキスでやっと止められるくらい何枚にも渡る内容となることが普通です。承継後に小さなトラブルがポツポツしかし、承継後に「エアコンが壊れた」や「法令順守のために工事が必要だった」といった問題が多発。その度にどちらが費用負担すべきか揉めてしまう事態になってしまいました(続く)ここはかなり重要ですので、詳しく解説しましょう承継対象の資産をそもそも決めましょう事業譲渡契約での一番大事な条項と言ってもいいかもしれません。「いったい、何を承継するのか」を定めるものです。経営権はもちろんですが、主に「モノ」が論点の条項です。土地建物は含むのか?医療機器はどこからどこまで対象なのか不要な資産まで含まれていないか(個人が使う車など)建物に付属するもの(建物一体型のエアコンなど)はどちらかなどなど。ここでしっかり定義しておかないと、後々トラブルになります。以下(経済産業省HPより)のように、ひとつひとつ列挙する場合もあれば、「〇〇の工具器具備品全て」と記載することもあります。車両などはわかりやすいですが、建物付属設備はどちらの所有物なのか曖昧なところがあります。建物に付属する設備、の代表例はエアコンです。建物は譲渡せずに前院長所有のまま残し、これを新院長に賃貸する場合などで起こるトラブルです。例えば、セントラルヒーティング(建物全体の空調を一つの場所で管理するもの)が壊れたりすると、いったいどちらが負担するの?となりがちです。建物の所有は前院長、建物の使用は新院長。どちらの責任となるか、難しいですよね。これらについては「事業譲渡契約書」での取り決めも勿論ですが、病院建物の「賃貸借契約書」での取り決めも大切になってきます。X線の漏洩防止措置ができておらず、構造の工事が必要に中でも大きかったのが、「X線の漏洩防止措置ができていなかった」問題でした。病院を承継する側は承継後に新たに病院の開設届を出すことになりますが、その際にはX線漏洩検査結果の提出も必要となります。漏洩検査をしてもらうと、規定より多い漏えい量でした。本来は6ヶ月ごとに検査をする必要があり、その結果次第で対処しなければならないようですが、前院長の開業以来、一度も漏洩検査を実施していなかったということがわかりました。元の構造の問題ということもあり、遮へいのための工事費をどちらが負担するべきかで揉めてしまいました。獣医療法で定められているとおり、X線漏えいに関する定期検査が必要です。しかし、実態は全員が実施できているものではなく、東京都の立入検査報告によると35%が未実施だったようです。その是非は置いておき、本来は譲渡し側が承継前に行っておくべきでした。譲り受ける側においても、事前に確認する必要があります。特にこういった専門的な知識が必要なものは漏れやすい項目です。仲介事業者は専門範囲外のことが多く、普通このあたりまではケアできません。だから、これらはまず漏れます。そうなると、自分たちでガードするほかないのです。このあたりもちゃんと抑えておきましょう。動物病院のM&Aで軽視されがちな「表明保証」という超重要なガード表明保証とは「その時点におけるさまざまな内容が真実であり正確であることを保証します」という条項です。そんなの当たり前に聞こえるかもしれませんが、結構網羅するのが大変なのです。そのため、動物病院のM&Aの契約ではここを過度に簡略化してしまう例がよく見られます。この表明保証は、一方ではなく双方ともに保証するものです。譲渡側では以下のようなものを保証します。反社会的勢力との関係がないか決算書等は正確に示されているか重要な契約は継続しているか顧客・従業員との紛争は存在していないか法令に抵触しているものはないか譲受側では以下のようなものを保証します。反社会的勢力との関係がないか事業を運営することができる状態か法令に抵触しているものはないかとはいえ、互いに協議した結果、あえて目をつむるということだってあります。でも、目をつむったものを書面(メール等でも)などで残しておかないと、後々「言った」「言わない」になるので注意してください。もし表明保証したものに偽りがあると、損害賠償を要求できる権利を持ちます。期間や合計額を限定することもあります。逆に言えば、この条項の意味や対象をよく理解しないまま、悪気なく事実と違うことを表明保証してしまうのも注意したいところです。懸念がある場合はあらかじめ伝えることが大事ですし、協議して表明保証の対象から除外するものを明記することも大切です。承継後にこれらの違反があれば、白黒をはっきりつけやすい今回の例で言えば、どちらが負担するべきかは法律専門家の意見や個別の状況を踏まえて考える必要がありますが、こうしたトラブルにならないためにも、事前に表明保証等を取り交わしておくことが大切です。そうすれば、トラブルがあったとしても互いに何らかの妥協点を見つけることができます。工賃を負担して、から水掛け論に承継者である自分が事前に確認しておかなければいけなかったと思ってはいますが、自分だけが高額な工事費を負担するのは釈然としません。しかし、折り合いがつかず、結局、家賃を上げる、下げて、など関係ないことまで飛び火してしまい。院長は2階に住んでいらっしゃいますし、無用なトラブルは避けたかったのですが。。お互いに感情的になってしまうと、水掛け論になりがちです。このケースでは、このあと弁護士が間に入ることで折り合いがついたようですが、こうしたトラブルは胸が痛いですよね。でも、これは予防できることです(断言します)。事前の確認、契約書での取り交わし。この二点で予防ができます。慣れないタスクですが、しっかりとお互いに向き合う姿勢をとりましょう。まとめ仲がいいから、勝手知ったる間柄だからと細部まで取り決めをしていなかったり、それを契約書等の書面に残しておかなかったりすると、余計に揉めてしまうことが多いです。もし契約書に記載されていれば「ここに書いてあります」で簡単に済みますが、そうでなければお互いの防衛線が曖昧になり泥沼化しやすいからです。その他にも契約書で重要な条項はありますが、順次ご紹介していきますね。【関連記事】気づけなかった近隣クレーム【関連記事】従業員への伝え方|動物病院の事業承継トラブル事例この記事を書いたライター小川篤志(獣医師)東京都出身 日本獣医生命科学大学 獣医学部卒業後、宮崎犬猫総合病院 院長、TRVA夜間救急動物医療センター副院長として臨床経験を積む。ビジネスサイドに転向後、東証一部上場企業の経営企画部長に就任。新規事業、経営管理、PR / IR、ブランディング、マーケティングを統括。日本初のペット産業特化型ベンチャーキャピタルCEO、海外動物病院法人CEO等を歴任。FASAVA(アジア小動物獣医師会学会)日本支部 理事、ITスタートアップの経営企画担当を経て、XM&Aを創業。主な功績、受賞歴COVID-19感染者のペットを預かる「#stayanicomプロジェクト」の企画・統括・責任者(環境大臣 表彰)熊本大震災 ペット災害支援(熊本県知事 表彰)、西日本大豪雨ペット災害支援日本初のチャットボットを活用した保険オペレーションシステムの構築Web Media「猫との暮らし大百科(web media)」を創設。編集長に就任し、月間100万PV超のメディアに成長上場企業 / スタートアップ合わせ総額50億円超の資金調達を主導<その他現任> 公益社団法人 東京都獣医師会 理事、学校法人 ヤマザキ学園 講師facebook、Podcast