<この記事をざっくり言うと>動物病院の役割は「治すところ」から「病気にさせないところ」へ健康診断に、よろこびをプラスすることにヒントがありそう目的は健診をお知らせすることじゃない。受けていただくこと突然ですが、私は、動物病院において健康診断を「プロジェクト」として積極的に行うべき、というスタンスです。動物病院における根幹事業と位置付けてもいいとさえ思っています。なぜならば、動物病院の役割は、これから変わっていくだろうという仮説があるからです。動物病院の提供価値は「病気を治すこと」です。獣医師であれば当然です。むしろ、難しい病気ほどやる気が出ちゃったりもします。こと救急医療に携わっていた身としては、治療できた時の達成感に、ある種のカタルシスさえ感じることがありました。でも、大切な家族に重症になって欲しいと思う人などいません。であれば、重症になってから助かることよりも、そもそも病気にならなかったり、重症化の手前で対処できる役割を持つことの方が価値があるのではないでしょうか(私見です)。予防医療には大きく3つの考え方があると言います。一次予防は「病気にさせないこと」。ワクチンや生活習慣指導などはこれに当たります。二次予防は「重症化を防ぐこと」。早期発見・早期治療ですね。三次予防は「再発を防ぐこと」です。AIが日進月歩で発達し、ペットケアデバイスも本格化してきました。遠隔診療もどうやら本格解禁されそうです。時代が変わりつつあります。病気にならないための処置やアドバイスを適切に行い、早期に異常を検知し、早期に治療を行うこと。こうした予防こそが今後の動物病院の本質的役割になっていくのではないかというのが僕の考えです。そう、病気になって治ることより、病気にならないことのほうがずっと幸福なことです。予防ビジネスの難しさ。それは喜びが少ないことしかしここで問題があります。予防をサービスないしビジネスとして捉えたとき、うまくいった事例はあまり多くありません。根本的な要因は「喜びが少ない」からだというのが僕なりの結論です。というのも、さまざまなビジネスアイデアに触れるたびに自分なりに判断する軸がありまして、それは「マイナスをゼロにするビジネス」なのか「ゼロをプラスにするビジネス」であるのかです。いつも、これはどっちかなぁと勝手にカテゴライズして考えています。例えば、ロレックスの時計を買うことは、ゼロをプラスにするビジネスです。顧客心理として、うれしいのです。欲しい、いつか買いたい、という気持ちをナーチャリング(醸成)することで、本来価値を超える喜びを提供することができます。(だって時計の役割は、時間がわかればいいだけなのだもの)しかし「マイナスをゼロにするビジネス」、すなわち医療であったり保険であったりする類の事業において、決定的に欠如しているのは、喜びを感じづらいことです。ライザップは、数少ない成功事例ではないでしょうか。本質的には「運動不足でメタボな中高年の生活習慣を変える」というマイナスをゼロにする健康増進事業です。でもライザップは、プラスにさせる付加価値をつけました。魅力的な体型をつくることのイメージを持たせた継続するモチベーションを高める徹底的な工夫をしたなにより、短期間に振り切ったマイナスからゼロを通り越し、プラスにまで一気通貫でぶっ通したことが成功要因だったのではないでしょうか。これは強烈に顧客への報酬系を突いているのだと思います。健康診断に話を戻すと、結果的に健康であれば、不健康だったときのそれを想像することはありません。つまり、実施する前と後で心理的な報酬系が働きづらいという構造的な問題があります。これを喜びにまで昇華するためには、ひと工夫が必要です。そのためには、院長をはじめとしてスタッフ全員でこの「健康診断」の励行をプロジェクトとして位置付け、本気で取り組んでみるということが重要です。プロジェクトとして位置付けると何が起きるのか?ペットの健康診断をプロジェクトで捉えよう、という表題でした。そんなとき、重要なのはプロジェクトマネジメントです。端的に言えば、戦略的に考え、途中で何度も振り返り改善していくプロセスです。そうすると、さまざまな疑問や課題が出てくるはず。例えば健康診断の価値ってなんだっけ?なぜ健康診断をしてもらいたいのだっけ?何人に勧めていて、うち何人が受診している?健康診断を受けた方の満足度はどのくらい?原価、コストに見合っている?期間は本当に春がベスト?などなど。こうして考えてみると、今まで慣例的に実施していた健康診断を科学することができます。すると、より多くの提供価値を見つけられるはずです。プロジェクトの進め方プロジェクトマネジメントで重要なことは、PDCAです。仮説検証とも言い換えられます。割と古(いにしえ)からある考え方ですが、一番シンプルでわかりやすいやつです。まずは、計画(P)してください。どうやったらうまくいきそうかの仮説を考えます。当たり障りのない仮説でもいいですし、ちょっと尖った仮説でもいいです。とにかく仮説を立てることが大事。この時、数値目標もセットしてください。皮算用でもいいので、数字で目標値を作ります。次にDoします。ドゥーです。そうしたら、ドゥーしたものを放置せず、Cしてください。チェックです。目標設計との乖離を確認することで、何が良かったのか、何が課題だったのかが見えてきます。そして改善して再挑戦です。その結果をまた次のPに活かします。こうしてこのPDCAサイクルを繰り返して、施策自体を研ぎ澄ませていきます。まずは、打席を増やすことから。次に打率を上げる。MLB大谷選手が三冠王を取りそうで連日話題ですよね。三冠王になるためには、一定程度の打席に立つことが要求されます。2打席で1安打を放ったら打率5割ですが、たった1安打では価値がありません。まずは打席に立つ回数を増やすことが大切です。ここで言う打席とは、健康診断を推奨した数です。打席数はいくらでも増やすことができます。DMを送る、春だけじゃなく秋も実施する、今まで7歳以上に勧めていたものを3歳以上にする、スタッフから直接声をかけるなどなどです。打席に立たなければ絶対にヒットは生まれないので、まずは打席数を上げる工夫を考えましょう。次に打率(受診率)を上げる打率とは、健康診断を推奨した数に対して、どのくらいが実際に受診したかの割合です。界隈では、これをCVR(コンバージョンレート)と言います。CVRは、かなり重要な指標です。多くの病院では健康診断のCVRは1割程度です。つまり9割は取り逃していることになります。これって、結構もったいないと思うのです。となれば、例えばDMの中で訴求する内容を見直してみるとか?受診することでインセンティブがある(多頭割引、ノベルティなど)コースメニューなどの「How」より「Why」を重視する印象的なコピーライトを入れる要は、健康診断に楽しみを足し算したり、受けるメリットを強めにPRする、というところにブレイクスルーがありそうです。インセンティブと書きましたが、こちらもいくらでもアイデアはありそうです。例えば、猫の平均飼育頭数は1.8頭か。多頭飼育している方にとって健康診断を全員に受けさせるのは経済的にも手痛いな。だったら多頭割引だ!のような発想です。健康診断を受けたくなる工夫をDMでコースメニューだけを載せても、ぶっちゃけ行きたい気持ちにはあまりなりません。それは単に紹介に止まっているからです。難しい機器名やテクニカルタームもあまり響きません。検査項目にBUNが入っているかどうか、CRかDRかなどは、飼い主さんからすれば割とどうでもいいことです(PDCAとかCVRとか言いながらすみません汗)。健康診断は単なる手段です。目的は、健康を維持しつづけること。その想いをシンプルに伝えればいいだけなのかもしれません。だから、「行くことでなにかメリットがありそうだぞ」と思っていただけることに全振りしてみる、と。マイナスをゼロにするために「行かなきゃ...」という心理は、耳が痛いだけです。そうじゃなく、プラスになる要素があれば、人は動きます。「健康診断は通知表」という考え方はどうでしょう数値目標を掲げよう、と前述しました。特にCVR(打率)を上げるためのその他のアイデアのヒントも挙げてみます。あえての問題提起ですが、ぶっちゃけ、僕らは健康診断という言葉を使ってはいけないのかもしれません。医療サイドからすれば、健康を診断しているのではなく、病気を探している、という感覚のほうが強いです。検査数値に全く異常がないとき、ちょっと物足りない気持ちを感じてしまうのは僕だけでしょうか。顧客にとっての健康診断とは?一方、顧客側にとっても健康診断を受けることは憂鬱です。ウッキウキで健康診断に行く人は稀です。というかこの世にいないかもしれません。「検査した限りでは、異常はありませんでした」もし、このような言い回しをしているのであれば、印象としてはそれ以上でもそれ以下でもありません。あまつさえ、ウキウキではないことを考えれば、「来年は別に(受けなくても)いいかな」と思う方も少なからずいるはずです。では、このように言い換えてみるのはどうでしょう?「なんと、異常なしです!素晴らしいです!よくがんばりましたね。あなたの献身的な看護が実を結びました。次の1年も元気に過ごしてもらいましょうね! 来年もやりましょう!(握手!!)」どちらが「やってよかった!」とか「来年も受けたい」と思うでしょうか?健康診断をコミュニケーションとして活用し、異常がないのであればたっぷり褒めてあげる。異常値探しをするのではなく、褒めて褒めて褒めまくる。「誰も見つけられないであろう異常を見つけてやったぜ!」じゃなく、それ以上にまず褒める。通知表に例えてみましょう。お子さまがいらっしゃる家庭では、通知表をもらうとき、国語や算数の5段階評価の欄よりも、先生が書いてくれるコメントを見ませんか?「1学期の過ごし方で、XXさんがよかったところ」の定性評価欄です。 仮に国語が1だったとしても、「XXくんは、進んで掃除当番を引き受け、合宿ではみんなのリーダーとして振る舞ってくれました。運動会では〜」というようなコメントは、親にとっては嬉しいものです。それと同じです。異常がないことは幸せなことなので、淡々と事実だけ、ではなくたくさん褒めてあげる。あわよくば、なんらかのプレゼントがもらえるとかはどうでしょう?(もちろん広告制限の範囲内で)。 健康診断のご褒美としてお渡しするのであれば、医療機関の役割として主旨に合ったキャンペーンになるのでは。健康を増進することで、治療の収益が減るかもしれないことにジレンマを感じている方へ収益性の観点でも可能性があります。それは、病気になる母数よりも、病気になっていない(あるいは治った)休眠カルテのほうが圧倒的に多いからです。爪切り・肛門嚢やトリミングを除けば、健康診断やフィラリア検査は唯一「病気じゃないのに来院するイベント」と言えます。もっと言えば、病気になって治療に来るというアンコントローラブルなものではなく、意図的に増やすことができる数少ない手段です。例えば、健康診断のフルコース2万円があるとします。1,000世帯にDMをお送りした場合、受診率10%と30%では、400万円の差が生じます。マネタイズが本望ではないはずなので、これ以上生っぽい話は避けますが、要するに打率を上げ、休眠患者を掘り起こすほうが、収益的には向上します。動物病院の提供価値は、治すことだけじゃない。繰り返しですが、何よりも、動物たちが健康でいられる時間を増やすことができます。飼い主さんにとっては、それ以上のことはないでしょう。僕たち獣医師も本質的にはそれを望んでいるはずです。今日は健康診断について最近思うことをまとめてみました。みなさんの病院のヒントになれれば幸いです。この記事を書いたライター小川篤志(獣医師)東京都出身 日本獣医生命科学大学 獣医学部卒業後、宮崎犬猫総合病院 院長、TRVA夜間救急動物医療センター副院長として臨床経験を積む。ビジネスサイドに転向後、東証一部上場企業の経営企画部長に就任。新規事業、経営管理、PR / IR、ブランディング、マーケティングを統括。日本初のペット産業特化型ベンチャーキャピタルCEO、海外動物病院法人CEO等を歴任。FASAVA(アジア小動物獣医師会学会)日本支部 理事、ITスタートアップの経営企画担当を経て、XM&Aを創業。主な功績、受賞歴COVID-19感染者のペットを預かる「#stayanicomプロジェクト」の企画・統括・責任者(環境大臣 表彰)熊本大震災 ペット災害支援(熊本県知事 表彰)、西日本大豪雨ペット災害支援日本初のチャットボットを活用した保険オペレーションシステムの構築Web Media「猫との暮らし大百科(web media)」を創設。編集長に就任し、月間100万PV超のメディアに成長上場企業 / スタートアップ合わせ総額50億円超の資金調達を主導<その他現任> 公益社団法人 東京都獣医師会 理事、学校法人 ヤマザキ学園 講師facebook、Podcast