動物病院のM&A・事業承継は、院長であればだれもが一度は考えたことがあるのではないでしょうか。なぜなら、承継せずに廃業(リタイヤ)するとき、多くの場合退職金はなく、あまつさえ廃業にかかわる清算費がかかります。M&Aで売却をして、しばらくは臨床を続けたいと考える開業医も増えています。10年以内程度にリタイヤを考えているのであれば、これは最もおすすめな方法です。が、日々の業務に追われ、結果的にM&Aについて具体的に進められないまま過ぎていることも多いのではないでしょうか。こうした状況から脱却するために、M&Aや事業承継を考えたら今日からでもやるべき5つのことをご紹介します。動物病院の事業承継やM&Aを考えたらすぐにでも取り掛かりたい5つのこと1. 数年前から計画的に準備する承継先・M&A先をすぐに見つけるのは容易ではありません。一心同体で時間を過ごしてきた病院(ないしは飼い主様)を第三者に譲ることは、なかなか整理がつきにくいことです。仲介者はそうした候補先を紹介してくれますが、採用することよりずっと難しいのも事実です。ですから、本当に納得して信頼できる相手とすぐに出会えるかといったらそうでもありません。M&Aは、よく結婚に例えられます。例えば結婚相談所から「この人いいですよ」と紹介をされても、何度かお食事に行ったくらいではその人の本質までは見えません。それと同じです。また、結婚前に身綺麗にしておくのも大事です。ライザップは大げさですが、ある程度相手にとって満足しうる経営状態・院内の状態を作っておくのもまた重要です。「いつかは事業承継したいけど、その時に考えればいい」ではなく「意思決定が済んでいないからこそ相談をしておく」ということが重要です。日々の臨床業務に忙殺され、検討が後ろ倒しになることがほとんどです。そうなれば、選択肢は狭まる一方で、売却できたとしても想定よりも低い譲渡額になりやすいことに注意が必要です。2. 利益体質を作っておく特に個人事業の場合、利益=収入となりますが、節税のためにも家計の一部を経費に組み込んでいることも多いでしょう。しかし、大事なことは「譲渡額は、利益から算出される」という点です。動物病院界隈ではよく「売り上げの8割程度で売れる」という噂がありますが、実はそうではありません。もちろん売り上げは重要な要素の一つです。しかし、企業価値(譲渡額)を計算するときに基準となるのは「利益」です。しかも、将来的な利益から逆算して計算します。そして、そのベースとなるのは現在の利益です。節税のためなどで、売上のほとんどを経費で費消してしまっている場合は、利益率は低くなり、結果的に譲渡額は下がってしまいます。そのためにも、譲渡の数年前から家計で支出しても良いものは経費に計上せず、事業の利益体質を作っておくことが重要です。一方で、あまりに利益率が高いと、バリュエーション(企業価値)が高くなりすぎて、買い手がつきづらくなる可能性もあります。最終的な譲渡額として目指したいところから逆算し、うまい落とし所を探りましょう。3. 即引退にこだわらない譲渡額は利益から計算される、と前述しましたが、同時に「将来の予想利益」がバリュエーション(企業価値)にダイレクトに反映されます。多くの動物病院では、飼い主さまは院長を信頼して来院されます。が、院長が引退することが前提である場合、その飼い主さまたちは、転院してしまうかもしれません。そうなれば、将来的な利益は悪化する可能性があると判断されやすいです(全てのケースでそうとは言い切れませんが)。体調不良などが原因の場合は別ですが、即引退にこだわらず、数年前から承継しておけば、承継後の継続的なインカムも期待できます。ただし、ここでも注意点があります。承継してくれた獣医師にとって、前院長と一緒に働くことに抵抗感を持つ方もいます。相性がよければ問題ないですが、いつまでも一緒に、というスタンスではなく、期間を区切っておく方が良いかもしれません。グループ病院に売却する場合対策としては、引退する3−10年前に事業売却をするという方法です。特に、動物病院グループに売却する場合、「院長の引退が前提」だとほとんどの場合、買い手がつきません。逆に、「院長やスタッフが残る」という前提であれば、譲受側(買い手)は追加採用コストなしに運営が可能ですから、譲受しやすくなります。その後は、そのまま残っても良いですし、勤務日数を減らしながら徐々に明け渡していくなどの方法も良いです。これの良い点は、日々の収入が入ってくるという点です。特に以下が挙げられます。家賃収入(持ち家の場合)給与または業務委託費譲渡益に加え、日々の確定的な収入が入ってくるのは、生活する上でも大きな助けになります。個人獣医師に承継する場合他方、個人獣医師に売却する場合には、そうとも言えないケースもあります。わかりやすく第三者承継と表現しますが、まさに第三者であるため、いままでの関係性はほとんどゼロです。そうなると、同じ病院で働く二人で意見の食い違いが生じやすくなります。<第三者承継で院長が残る場合に起こりやすいトラブル>獣医療の方針が異なり、同じ疾病でも診断や治療法に食い違いが生じる旧院長が休みの日に新院長が違う薬を処方してしまい、トラブルが生じる互いに「あの人の治療より、こっちがいいよ」と飼い主さまに説明してしまう飼い主が困惑し、顧客離れが進むこうしたトラブルを回避するためには、いっそのこと引退をするか、(気持ちの折り合いがつけば)可能な限り新院長の方針を尊重する、または週2-3回程度の出勤に抑え「顧問」のような立ち位置に徹する、などです。このような場合、期間を区切っておくのも良い方法です。例えば「3年間は一緒にやるけど、あとは任せる!」といった事前の取り決めです。3年後にお互いの合意があれば、それが伸びることも問題ありません。4. 安易に口外しない事業承継を検討するとき、獣医師の仲間内に「今度、承継を考えているんだ」などと話したくなることはあるでしょう。このくらいであれば問題ないですが、より具体的な内容(時期、従業員のその後、希望する相手先や条件)となると、大きな障壁になることが多いです。とはいえ相談しないと一人では決めきれないこともあると思います。その時は、本当に信頼できる方のみ(それも1-2名など少人数)にする方がベターです。※ 税理士・会計士や弁護士は守秘義務を負っています。また、秘密保持契約を締結したM&A仲介者も同様です。専門家への相談は問題なく行なうことをお勧めします。こと、近隣の同業者や従業員や役員に対して知らせる時期は十分に注意してください。経済産業省のM&Aガイドラインにおいても、可能な限り「成約後に知らせるべき」と注意喚起されています。獣医師業界は狭いため、何かの機会に誰かに伝えてしまうと、容易に知れ渡ります。従業員や役員に「今度、事業承継するんだって?」と外から伝わることは意外に多いものです。そうした場合、ほとんどのケースで頓挫します。5. 心持ちを整えるこれが最も重要です。譲渡する先生にとって、病院は我が子のように大切な存在です。こんなに良い病院を譲渡してやるんだからといった驕りの気持ちがあれば、それは相手にも伝わりますし、心地よいものではありません。かといって逆に考える必要もありません。うちみたいな病院を譲り受けてくれるような人はいないだろう(だから事業承継も考えない)院長自身が気づいていない事業価値はたくさんあるはずです。高い技術力、優良な顧客との関係性、能力の高い従業員、地域内におけるブランド・信用など。そうした価値は自分自身では気づきづらいものです。小規模でも赤字でも「譲り受けたい」と名乗り出てくれる人が現れることはあります。ひと昔前は、M&Aといえば「ハゲタカ」や「身売り」といったイメージが先行していました。従業員に申し訳ないという気持ちもあるかもしれません。しかし、そうした考えは変えても良い時代に入りました。動物病院は、気力と体力が必要な仕事です。いつまでも続けることは困難です。譲り渡す先生にとっては、それまでの努力により築き上げてきた企業の価値を評価してもらえたということです。これは、後ろめたいことではなくむしろ誇らしいことです。譲り受ける側にとっても、他社が時間をかけて築き上げてきた事業を引き継ぐことは事業拡大や成長にとって極めて合理的な手法です。M&A・事業承継を考えている開業医の先生は、ぜひこれらの5つを念頭に置いてみてください。XM&Aでは、獣医師コンサルタントが承継の成約まで徹頭徹尾寄り添います。なるべく早い段階から検討することで、よりハッピーなリタイヤが叶うかもしれません。ご興味がある方は、以下のフォームからお問い合わせ・ご登録ください。この記事を書いたライター小川篤志(獣医師)東京都出身 日本獣医生命科学大学 獣医学部卒業後、宮崎犬猫総合病院 院長、TRVA夜間救急動物医療センター副院長として臨床経験を積む。ビジネスサイドに転向後、東証一部上場企業の経営企画部長に就任。新規事業、経営管理、PR / IR、ブランディング、マーケティングを統括。日本初のペット産業特化型ベンチャーキャピタルCEO、海外動物病院法人CEO等を歴任。FASAVA(アジア小動物獣医師会学会)日本支部 理事、ITスタートアップの経営企画担当を経て、XM&Aを創業。主な功績、受賞歴COVID-19感染者のペットを預かる「#stayanicomプロジェクト」の企画・統括・責任者(環境大臣 表彰)熊本大震災 ペット災害支援(熊本県知事 表彰)、西日本大豪雨ペット災害支援日本初のチャットボットを活用した保険オペレーションシステムの構築Web Media「猫との暮らし大百科(web media)」を創設。編集長に就任し、月間100万PV超のメディアに成長上場企業 / スタートアップ合わせ総額50億円超の資金調達を主導<その他現任> 公益社団法人 東京都獣医師会 理事、学校法人 ヤマザキ学園 講師facebook、Podcast