動物病院の事業承継で起きやすいトラブル事例と対策をご紹介するシリーズ記事。今回のテーマは、「従業員への周知タイミング」です。本事例は、実際に起きた事例をもとに解説用に改変してご紹介しています。特定の病院や個人を指すものではなく、当社が仲介した事例ではありません。大原則。従業員に事業承継を伝えるのは、今じゃない事業承継を考えるとき、その目的の多くは「従業員の雇用維持」です。中小企業白書(中小企業庁)によると、M&Aを検討した目的として最多の53%が「従業員の雇用の維持」を選んでいます。しかし、従業員に伝えるタイミングには注意が必要なのです。従業員の皆さんの事を思い、よかれと思って事業承継・M&Aを検討しているのに、思わぬ反対が起きるケースが多いからです。多くの動物病院の従業員は「院長」に付いてきた日本のほとんどの動物病院(84%)は、獣医師1-2名で運営しています。従業員はそんな近しい環境の中で長く勤めてきたのですから、これまで「院長に付いてきた」と言っても過言ではありません。経営者(院長)からすれば、そんな従業員を大切にしたいから、今後も雇用を永く続かせてあげたくて事業承継を考える。だけど、いざ事業承継しようとすると反対されるケースが多い、というジレンマがあります。<従業員が反対する主な理由>「自分たちを見捨てるのか」という裏切られた気持ちいまさら新しい上司とやっていきたくないという気持ち院長がいないなら、という喪失感漠然とした不安じゃあ廃業した方がいいのか?いや、実際のところ事業承継を理由とした従業員の離職は、むしろレアケースです。ほとんどの場合がそのまま残ってくれます。(もちろん、雇用条件などが以前と同等またはそれ以上になるという前提です)ではなぜ反対をするのかというと、「事業承継をする」=「院長がいなくなる」というショックから来る「それはやめて欲しい」という反応であることがほとんどです。なのですが、幸か不幸か、それは一過性です。新たな院長になって売上が伸びれば、昇給だってあり得ます。就業規則も最新に変わり、より働きやすくなるかもしれません。代わること=マイナスなこと、だけではないのです。従業員へ伝えるタイミングのベストは、最終契約のあと経産省が発出する「中小M&Aガイドライン」には、従業員への周知タイミングとして、以下のように記載されています。中小 M&A の最終契約締結前に、 極秘に親族や幹部役員等のごく一部の関係者にのみ知らせることもあるが、それ以外の関係者に対しては、原則として可能な限りクロージング後(早くとも最終契約締結後)に知らせるべきである。取引先や従業員に意図せず情報が伝わってしまったり、 経営者が不用意な一言を発したりしたせいでトラブルとなり、中小 M&A が頓挫してしまうケースも見受けられる。これは動物病院でも同じことが言えます。前述のように、一過性の反対はあれど、譲渡側・譲受側が力を合わせて、しっかりと従業員に向き合えばこの問題はクリアできます。しかし、初期の段階でこの問題が発生すると、事業承継の検討、協議が頓挫することさえあります。よかれと思っても、従業員から反対があればストップしたくなるのも当然です。実際にそうなってしまった・なりかけた事例を見てみましょう。Case Study|従業員への伝え方を間違えて、うまくいかなくなってしまった例(複数)半分は架空ですが、半分は本当にあった事例です。早く伝えすぎた70歳を過ぎ体力的にも限界を迎え「自分がやるよりも若い人がやった方が、従業員と患者さんの幸せでは」と考え、承継を決断。運良く相手も見つかり、事業承継についての協議を本格的にスタートする段になったころ、長く勤めてくれた従業員には筋を通したくて先走って伝えてしまった。丁寧に伝えたつもりだったが、従業員の理解を得られず反対されてしまった。経営者、院長が変わってしまうならすぐにでも辞めると言われ、やむなく事業承継を断念することに。気持ちは、痛いほどわかります。そうですよね...。伝えてあげたい気持ちは本当にわかります。特に大事な従業員であるほど。もちろんそれを止める権限は誰にもありません。でも、最終的なゴールは「従業員の雇用を維持していきたい」という部分です。具体的な時期や従業員の処遇といった諸条件が定まらない段階で、漠然と事業承継を伝えてしまうことは、従業員の不安を煽るだけであり、ほとんどの場合、ネガティブに働きます。ウワサで伝わってしまった普段から、獣医師界隈の飲み会などで「そのうち事業承継をしようと思う」と話していて、実際にそのように進んでいたところ、回り回ってうちの従業員が知ってしまった。この世界は狭いので...。しかも、スタッフ全員がいる前で「院長、この病院を売るってほんとですか?」「私たちは院長にこれまで通り続けて欲しいと思っています、やめないでください」と言われてしまい、参りました。犬養首相のごとく、「話せばわかる」と言いたいところですが、もはや多勢に無勢。周りから話が入ってしまった時ほど致命的なことはありません。なぜなら、ウワサはネガティブに伝わることがほとんどだからです。根も葉もないことまで尾鰭が付いてしまいかねません。事業承継は、極秘で進めるべきプロジェクトです。普段から「後継者も居ないので、いつかは事業承継するね」と言うのは問題ありませんが、具体的に進んでいる場合には、相手のためにもご自身のためにも秘密保持を徹底する必要があります(もちろん、事前の契約で秘密保持契約を結んでいる場合にはなおさらです)。仲介者に勧められた事業承継にあたり、仲介者に「社員には、早めに伝えた方がいいですよ」と言われて、そのまま従業員に伝えました。が、結局大反対。伝え方を間違えたのか妻にも確認しましたが、丁寧に伝えられていたはずでした。仲介者が推奨するケースもあります。事実、その方が良い場合もあるはずです。ケースバイケースなので、一概に間違っているとも言えません。仲介者のポリシーによって違いがあります。<仲介者が従業員に話すよう勧める理由>普段相手にしている大きな企業のクライアントでは、このような反対が起きる可能性が低いため成果報酬型の場合、土壇場で破談になるとそれまでの稼働フィー(人件費)が確保できなくなることから、早めに白黒をつけたいというバイアスが働きやすいため弊社は原則お勧めしません。実際に当事者として関わってきた中で、仲介をする立場である中で、ベストなタイミングは最終契約の後だと考えているからです。そして、しっかりと契約ができた段階であれば、新たな先生とも面談を重ねるなど適切な対処ができるからです。良いことばかりが過剰に伝わってしまった(譲受側によるコメント)前の院長先生が、「事業承継後は、こんなに給与が上がるよ」と従業員に伝えてしまっていたみたいでした。そこまで給与を上げるつもりはなかったのですが、前院長いわく「そうしないと退職すると言われそうだったから仕方なくそう伝えた」とのことでした。院長先生としては、ある種なだめる意味で伝えたのかもしれません。が、譲り受ける側にとっては、約束できない労働条件を前院長から伝えてしまったことで難しい立場に置かれてしまいます。これも、結構よくある事例です。予防策|従業員への伝え方Tips従業員への伝え方は一様ではありませんが、以下の点に留意して伝えるようにしましょう。伝えるタイミングは、最終契約の後一人一人と面談し、譲渡する意義をしっかり面と向かって丁寧に伝える感情的になったとしても惑わされず、今後の未来を伝える自分では決められないことは伝えない新しい院長先生は積極的に従業員との面談の場を持つ(院長から伝達した後)【関連記事】契約書が薄すぎた|動物病院の事業承継トラブル事例【関連記事】気づけなかった近隣クレーム|動物病院の事業承継トラブル事例この記事を書いたライター小川篤志(獣医師)東京都出身 日本獣医生命科学大学 獣医学部卒業後、宮崎犬猫総合病院 院長、TRVA夜間救急動物医療センター副院長として臨床経験を積む。ビジネスサイドに転向後、東証一部上場企業の経営企画部長に就任。新規事業、経営管理、PR / IR、ブランディング、マーケティングを統括。日本初のペット産業特化型ベンチャーキャピタルCEO、海外動物病院法人CEO等を歴任。FASAVA(アジア小動物獣医師会学会)日本支部 理事、ITスタートアップの経営企画担当を経て、XM&Aを創業。主な功績、受賞歴COVID-19感染者のペットを預かる「#stayanicomプロジェクト」の企画・統括・責任者(環境大臣 表彰)熊本大震災 ペット災害支援(熊本県知事 表彰)、西日本大豪雨ペット災害支援日本初のチャットボットを活用した保険オペレーションシステムの構築Web Media「猫との暮らし大百科(web media)」を創設。編集長に就任し、月間100万PV超のメディアに成長上場企業 / スタートアップ合わせ総額50億円超の資金調達を主導<その他現任> 公益社団法人 東京都獣医師会 理事、学校法人 ヤマザキ学園 講師facebook、Podcast