動物病院の事業承継にまつわる開業医向けの完全マニュアルを公開します。事前準備から交渉段階まで、どんなことをしていけば良いのかについて、詳細にご紹介します。本稿では、売り手である譲り渡し側(動物病院の開業医またはオーナー)向けに解説しています。時系列に沿った壮大な記事ですので、現在のステータスに合わせて何度か読み返していただけると幸いです。記事は、事業承継プロセスに合わせ、以下の順序で記載しています。<事業承継のプロセス>承継の検討事前準備相手探し譲渡条件の設定基本合意資金調達(実施の必要あれば)デューデリジェンス;DD(実施の必要あれば)最終条件調整クロージング経営のスイッチ記事の執筆者:小川篤志(獣医師 / XM&A CEO)動物病院の事業承継・M&Aを行うXM&A and COMPANY(てんま)CEO。東京都獣医師会 理事。日本獣医生命科学大学卒業後、宮崎犬猫総合病院 院長、TRVA夜間救急動物医療センター副院長として臨床経験を積む。ビジネスサイドに転向後、東証一部上場企業の経営企画部長に就任。新規事業、経営管理、PR / IR、ブランディング、マーケティングを統括するかたわら、50件以上の動物病院M&A・事業承継に譲受側として携わる。スタートアップ経営、ベンチャーキャピタルCEO等を経て、XM&Aを創業。動物病院の事業承継を完全マニュアルで徹底解説(譲りわたす・売却する)1. 承継の検討まずは、事業承継について知りましょう。この記事を読むだけでもOKです。意思決定までいかなくても構いません。まずは考えてみる、良いお相手がいれば考えてもいい、くらいの気持ちで大丈夫です。事業承継の目的を明確になぜ事業承継をしたいかの目的を明確にしておきましょう。実はとても大事です。これが明確になっていると、その後の相手先探しや条件交渉といった様々な場面でピントがずれにくく、クリアなプロジェクト進行ができます。<事業承継の目的として多く挙げられるもの>引退のためセカンドライフに向けた資金繰りのため働き方・休み方の見直し従業員の雇用確保顧客(飼い主、どうぶつ)のかかりつけ維持経営と臨床の分離病院のさらなる飛躍のため働き続けるかどうか「事業承継=引退」と考える方も多いですが、昨今ではこれに限りません。例えば、譲り受け者である若手獣医師(新院長)がメインで診療を行い、譲り渡し者である前院長は週2日だけ診療を続ける、といったスタイルも採ることができます(もちろん、お相手とのご相談次第ですが)。また、企業が相手であれば、これまで通り臨床を行いながら、経理や採用業務を本社に一任することもできます。引退以外の方法があることを踏まえて考えてみると選択肢が広がります。不動産を売却しない選択肢もある事業承継=病院の資産をすべて譲り渡す、と考えられる方が多いのですが、実際はそれだけではありません。土地や建物を全て売却せず、承継者である個人や企業に賃貸するという選択肢はむしろ主流になりつつあります。院長としては2階に住み続けたいという気持ちもあるでしょうし、承継者からしても不動産目当てではないため必要とは言えない資産を保有しなくても済みます。また借入の観点でも楽になるためです。もちろん、土地・建物をセットで売却する方が一時所得は上がりますが、賃貸で長くいていただけるなら結果的にその方が将来的なインカムが上がるという試算も可能です。将来に必要なお金の総額を把握事業承継で得られる対価は今後の人生の生活資金となります。まずはフィナンシャルプランナーさんや税理士さんと相談をして、売却後の生活費シミュレーションを立てましょう。総務省統計によれば、65歳以上の夫婦で必要な一年間の費用は、およそ300万円。仮に65歳で事業承継をした場合には、85歳までの20年間で、およそ6,000万円が必要な計算になります。まずは、事業譲渡対価以外に、自己資産がどの程度あるのかを確認してください。<現在の資産保有状況>預貯金その他資産(株式、積立etc)その上で、事業承継に関わる収益がどの程度必要となるのかを逆算してみましょう。<事業承継により得られるインカム>事業譲渡対価継続収入(業務委託費、家賃収入など)後述しますが、事業承継によるインカムポイントは2つあります。承継直後に得られる一時的な「事業譲渡対価」と「継続収入」です。また、それぞれには税金がかかることも踏まえて検討しましょう。家族ともよく相談する言わずもがなですが、ご家族ともよくよくご相談ください。大切に育てた病院を誰かに託すのは勇気がいることです。ご自身ではそのように進めるつもりでも、ご家族の反対があればなかなか決心がつかないのも当然です。一方で、従業員へ相談するのはまだ早いです。基本的には事業承継直前で丁寧にお伝えするべきとされています(実際、そのとおりです)。詳しくは、以下の記事もご参照ください。Tips|個人事業主でも事業承継はできる?よく「個人事業主でも事業承継ができるか」とご質問を受けることがあります。答えは、問題ありません。個人事業であろうと法人であろうと、事業の経営権を譲渡するのが事業譲渡ですから、細かい税務上の論点はあれど、事業承継自体に大きなマイナス作用が働くことはありません。税理士にもよくご相談ください。2.事前準備仲介者に相談するまだ本格的に意思が固まっていなくても、仲介者に相談する価値はあります。これには大きく二つ理由があります。一つ目は、事業承継に関する一切の疑問に答えてもらえるという点です。善意ある仲介者であれば、まずは事業承継とはどのようなものなのかを丁寧に教えてくれます。どのような方法があるのか、譲渡対価はどのように決まり、どの程度の金額が妥当なのか、その後のスタッフはどうなるのかなど心配なところ、気になる点をクリアにすることができます。二つ目は、動き出さなければ始まらないという点です。事業承継は一朝一夕に完遂できるものではありません。お相手探しから条件交渉、各種手続きなどなど、たくさんのタスクがあるので、本格的に動き始めてから1年程度はかかります。相手を紹介してもらってから考えるということもできますので、まずは石を動かしてみるのも手です。なお、仲介者を選ぶ際には、以下の点にもご留意ください。動物病院の事業承継に専門性があるか紹介だけで終わらず、しっかり並走してくれるか自社の利益だけでなく、親身になって相談に乗ってくれるか手数料は適切か、最低保証料や着手金がどの程度か弊社XM&A(てんま)は、獣医師が運営する動物病院専門のM&A仲介企業です。着手金や最低保証料は無く、成功報酬として6%の手数料のみがかかります。ご相談だけでも問題ありませんので、お気軽に「Tsunagaru」で繋がってください。譲渡対価を試算してもらう事業承継のプロジェクトを進めるにしてもやめるにしても、譲渡対価がどの程度になるのかがわからなければ、判断ができません。前述のパートで説明した「今後の資金」に足りる額になるかどうか、仲介者に試算をしていただきましょう。譲渡対価に関わる部分は、後述の「条件交渉」パートでも解説します。Tips|動物病院のバリュエーション(価値算定)事業価値の算定には複数の方法があります。その業種によっても適切な算定方法は異なります。仲介者にとって簡易な方法であっても、後々の譲受者による算定では異なる数値が出ることも多々あります。そこで重要なのは「妥当性があるか」です。たとえ高額な査定が提示されても、妥当な水準を上回っていれば売却は困難です。その逆では損をしてしまいます。動物病院のバリュエーションに適した算出方法を依頼しましょう。もし希望額に届かなければ、少しステイしてみるのもあり事業価値を算定してもらった結果、これからの生活に必要な資金に試算額が届かなければ、しばらく自分で経営を続けるという選択肢も大いにアリです。試算してもらったから、、とズルズルいかないように気をつけてください。この時点では、あくまで譲渡のプロジェクトを進めるかどうかを検討する段階です。事業譲渡対価は利益から計算されます。ご自身で経営を続ける場合にも重要なのは利益です。売上を伸ばすことも勿論ですし、費用を抑えることにも目を向けて、少しでも利益(個人事業主の場合には所得)を伸ばせるよう意識するきっかけになるかもしれません。意思決定ができたら、その他に事前準備しておくと良いこと法令遵守の状況確認取引先の洗い出し費用項目の見直しこのあたりは事前に確認して整理しておけると、後々とてもスムーズに過ごせます。<法令遵守について>・獣医療法関係(特にX線漏洩検査など)・麻薬取締法関係(麻薬の管理体制の再確認)・労働基準法関係(社労士さんと現状の雇用契約有無や内容の確認)・消防法関係(消防署の点検有無、消火設備の不備など)<取引先の洗い出し>・リストアップ(連絡先や取引内容・契約書などをまとておく)<費用項目の見直し>上記のリストを踏まえて、誰に何の目的で、どの程度の費用を年間支払っているのかをご自身で把握・確認しておく3. 相手さがし〜マッチングここまでスコープが固まってくれば、希望の相手先を検討していくことができます。ご自身の動物病院の事業規模や目的に合わせ、最適な相手を検討してください。<主な譲受先の候補>企業ファンドグループ病院個人獣医師目的に合わせた相手探し事業承継の目的適したメインの相手先引退を検討している個人獣医師勤務日数を減らしたい個人獣医師、グループ病院臨床と経営の分離企業、ファンド、グループ病院さらなる飛躍を目指したい企業、ファンド院長先生の目的によって相手先も異なります。例えば、病院の譲渡と同時に引退と考えている場合には、企業は不向きであることが多いです(追加採用が必要なため)。一方で、個人獣医師は比較的マッチしやすいです。近年では、事業承継後も臨床をゆるく続けるという選択肢も注目されています。例えば、週2日勤務で現場に立ち、残りは承継者に担っていただく、という方法です。こういう場合も個人獣医師は適しています。フル勤務のまま残る、という場合には個人獣医師との相性等が課題になることが多いです。逆に、企業やグループ病院に経営だけ託すという選択肢は取りやすいです。事業規模に合わせた相手探し事業規模(売上)適したメインの相手先3,000万円まで個人獣医師7,000万円まで個人獣医師、グループ病院、企業1億円まで企業、ファンド、グループ病院、個人獣医師1億円以上企業、ファンド事業規模によっても相手が違ってきます。例えば、獣医師5名で運営する動物病院を個人獣医師が承継するというのは、融資の観点でも企業統率の観点でもハードルは高くなります。わかりやすいように、売上規模で分類していますが、必ずしも表のとおりではなく、あくまで例示として参考にしてみてください。それぞれの相手先で、承継までの時間軸が変わります例えば、資金に余裕がある企業やファンドであれば、随時事業承継を受け付けているので、相手探しにはそれほど苦労しません。ところが、相手が希望する対象かどうか(例えば売上規模や獣医師の人数など)では、企業等はマッチしないこともあります。一方で、個人獣医師の場合は、売上等に左右されにくいですが、相手の希望する地域が限定されます。そのため、マッチするまでに時間がかかることが多いです。個人獣医師に承継する場合は、相性も大事個人獣医師に承継する場合は、地域はもちろんのこと、ソフト面でも相性が大切です。以下のチェックリストも参考にしてみてください。もちろん、すべてに該当することは滅多にありませんので、少なくとも2つ以上は合致していると良いですね。<個人獣医師との相性チェックリスト>相手の希望する地域と合っているか相手の専門性と、自院の専門性は合っているか自院の顧客層に対応ができそうか既存スタッフとの間で、性格的な相性は問題ないか相手の希望する機材や設備は整っているかもちろん、これは個人獣医師に限定したものではありません。グループ病院や企業でも同様のことは言えます。Tips|M&Aは「結婚」に例えられる事業承継やM&Aは、しばしば結婚にも例えられます。相手先との条件がマッチしなければ、結婚することはむずかしいですし、無理に合わせてしまうと、その後お互いに幸せになりません。ですが、ビビッと来たら進めてみるのも大事です。どのような相手を望むかについてもあらかじめ考えておきましょう。4. 承継にまつわるインカムの設定事業承継にまつわる収入には、大きく2つあります。継続収入である「給与・家賃」と、初期収入である「譲渡対価」です。これらは、シーソーの関係にあり、どちらかを上げるとどちらかが下がる、というバランスで成り立ちます。継続収入を重視すれば、譲渡対価は下がりますが安定的で長い収益が得られます。ただし、契約解除や移転(による家賃収入解除)というリスクもあります。初期収入を重視すれば、一時的に大きな収益を得ることができますが税金の負担が大きくなりがちです。どこに重視するポイントを置くかよく検討してください。継続収入(給与・家賃)の設定「事業承継後は無収入」と思われがちですが、実はそうでもありません。継続的な収入を得ることは可能です。給与収入譲渡後も勤務を継続する場合には、給与または業務委託の収入を得ることができます。相手との条件もすり合わせ、週何日勤務し、どの程度の収入を目指すかを調整します家賃収入不動産まで含めずに譲渡する場合(譲受先は、そのような希望をするケースが多い)、ご自身(または会社)の所有物件であれば継続的な家賃収入を得ることができます。ここで年間数百万円の収入が毎年入ることになれば、それだけで生活はぐんと楽になるはずです。一方で、リスクもあります。<継続収入頼りにした場合のリスク>限定的に勤務(週3日など)する場合には、雇用でなく業務委託となるケースが多く、いずれかの時点で契約解除を要望されることも承継後に病院がうまくいった場合には、移転することもあり、その場合には想定していた家賃収入が得られない可能性このように、継続収入をメインの当てにしてしまうと、想定するライフプランが崩れる可能性もあります。譲渡対価と合わせて考えましょう。譲渡対価の設定さきほど「シーソーの関係にある」と説明しました。これは、譲渡対価が利益から計算されるという算定方法に基づきます。また、利益は過去の利益よりも、将来の想定利益が重視されます。もし、継続収入である給与や家賃が高ければ、譲受者に残る利益は減ります。そうなると投資回収が遅れるため、必然的に譲渡対価は減ります。その逆もしかりです。継続収入が少なければ利益が多く残るため、譲渡対価は上がります。この計算は、個人ではなかなか難しいため、仲介者にもご相談ください。詳しくは、以下の記事もご参照ください。Tips|希望譲渡額にバッファーを持っておこう譲渡対価は多ければ多いほど良いか、というとそうではありません。高い譲渡対価を希望することもできますが、それでは相手がいつまでも見つからないというトレードオフもあります。もし見つかっても、その後に行われる譲受側での再試算で「これでは割に合わない」と頓挫することもあります。相手があることですから、希望は希望として持っておき、相手との交渉の中で許容できるバッファーをもっておけるとスムーズに進められやすいです。5. 基本合意譲受先の相手が見つかり、おおまかな譲渡条件が固まりつつあれば、具体的な承継に向けたプロセスに入ります。ここで改めて事業承継プロジェクトの全体像をお示ししておきます。承継の検討事前準備相手探し譲渡条件の設定基本合意(←いまここ)資金調達(実施の必要あれば)デューデリジェンス;DD(実施の必要あれば)最終条件調整クロージング経営のスイッチ基本合意まで来れば、プロジェクト全体の6-7割ほど進んだと考えてください。基本合意とは、特定の相手先と行う握手です。(MOUとも言います:Memorandum of understanding)この握手(基本合意)で、ゆるやかな契約を結び、双方で独占的に交渉することができるような状況となります。逆に言えば、ここまでは複数の相手との間で同時に進行することも可能です。同時に、この時点では「成約」したわけではありません。あくまで中間段階での握手です。交渉の過程で条件が折り合わなければ、引き返すこともできます。しかし、双方が独占的に交渉することになりますので、お互いに事業承継に向かって誠実に話しあうことが求められます。ここでは、大まかな合意予定金額も記載されます。したがって、ここまでの間に双方でも合意できそうな金額の目線を揃えられた後に交わされる契約書となります。Tips|基本合意書と譲渡契約書の違い基本合意書は、あくまでも交渉の途中段階における暫定的な内容をまとめた文書です。つまり変更の可能性があるというやわらかなものです。これに対して、譲渡契約書では、譲渡額・各種条件などが確定的なものとして記載され、その内容に沿って事業承継・M&Aを実施する義務を負うものです。6. 譲受側による資金調達こと個人獣医師であれば、譲渡にまつわる資金を調達するプロセスが生じます。多くは銀行融資で借り入れを行うため、着金まで2-4ヶ月程度の時間がかかるのが通常です。本来はもっと前から動いておけると良いのですが、買い手である譲受者にしてみても予定金額がわからないまま融資相談を進めることはできませんので、結果的に基本合意の前後から開始することになります。しかし、ここで必要資金が調達できなければ、事業承継プロジェクト全体が頓挫してしまいます。それはお互いに避けたいところ。そこで、譲渡側である院長先生の出番です。付き合いのある銀行(特に信用金庫)をご紹介する当該病院とこれまでに付き合いがある銀行は、その経営状態や返済能力についてよくご存知です。もちろん院長先生への個人的な信用もあるでしょう。そうした銀行に対して、譲受者である個人獣医師の資金調達について紹介してあげられるとコトがスムーズに運びます。本来は譲受側が行うプロセスではありますが、まさに一蓮托生の共同作業として一緒にプロジェクトを進められるよう協力をしてくださると、譲受者にとってはとても心強いのです。Tips|融資の相談に向けて譲渡側ができること昔のように、簡単に融資が下りる時代ではなくなってきました。特に個人獣医師は創業経験がないことから、事業承継といえども「創業融資扱い」となります。そのため、事業実績と返済実績がある院長先生からの紹介はとても心強いです。同時に、金融機関としても、承継後に取引先を失うことは避けたいという意図もあり、winwinな関係性が築けることが多いです。7. デューデリジェンス(DD)聞き慣れなさすぎてうまく発音できないくらいのワードですよね。DD(ディーディー、もしくはデューデリ)で大丈夫です。DDとは、買い手である譲受者が行う各種の調査です。<動物病院の事業承継で行われる主なデューデリジェンス(DD)>財務DD会計事務所を活用。決算書や総勘定元帳などが正確に記載されているかなどを主に確認します。残業代がしっかりと払われているかなどの労務関係まで確認することもあります。法務DD主に法律事務所を活用。取引先との契約書が適切になされているかなを主に確認します。そのほかにも、雇用契約などの労務関係、顧客との係争の状況などをチェックします。労務DD主に社労士事務所を活用。雇用している従業員との雇用契約や、賃金の支払い状況、残業等の労務実態や労基署の対応状況などを確認します。DDは実施されない場合もあるこれらのDDをフルで行うと最低でも数百万円はかかってしまいます。そのため、個人獣医師が承継する場合には省略されることもあります。これは相手方の考え次第です。身構えず、自然体で対応すればOK。ウソや秘匿は、NG基本的には、どこに、どのようなリスクがあるのかを確認するためのものです。「DDされる側」つまり譲渡する院長先生にとっては、やや身構えてしまうことが多いですが、税務調査のようなものとは違い、プロジェクトを円滑に進めるためのプロセスですので、できていないことは正直に「できていない」と答えることも大事です。ここで重要なのは「ウソをつかない」ということです。DDに限ったことではありませんが、仮に虚偽の受け答えをしてしまうと、後々「表明保証」という「こちらが提示した書類や情報は全て正しいことを保証します」という条項に抵触してしまう可能性があります。その場合は損害賠償を請求されることもあるため、正直に受け答えすることを心がけましょう。Tips|会計情報に多少の不備があっても大丈夫日々の経理・税務処理を行う中で、あらためて数年間分の書類を確認すれば、見落としや不備がないことの方が珍しいです。こうした不備があったから何か罰則がある、事業承継が頓挫する、というものではありません。プロジェクトを進めていくための確認プロセスですから、あまり身構えなくても大丈夫です。8. 最終条件調整DD結果等を踏まえて、最終的な条件の微調整をしていきます。また、最終契約(譲渡契約書)に向けて細かな情報や条件を双方で一つ一つ確認していく作業です。<最終条件に向けて検討される事項>譲渡実行日の設定譲渡対象資産の確認表明保証に関する確認院長先生の労働条件・家賃の確定従業員の承継や労働条件に向けた協議債権、債務に関する確認譲渡額の確定Tips|従業員の労働条件はステイ〜プラスでよほどのことがない限り、従業員の労働条件はマイナスに働かないようにすべきです。でなければ、従業員の理解を得られず、最悪「総退職」という事態にもなりかねません。これからも安心して長く働き続けられるように条件を設定していく、歩み寄りが双方に求められます。9. クロージング(成約手続き)最終的な譲渡契約書の締結と、事業譲渡を目指していきます。譲渡契約書の提示と確認→締結仲介者がいる場合は、譲渡契約書の雛形を受け取ります。いない場合は、弁護士等に依頼して作成いただくことになりますが、買い手である譲受者から提示されることもあります。この譲渡契約書は、このプロジェクトの中で最重要のプロセスです。契約書が万全の状態でないと、承継後にトラブルになる可能性があります。一方で、仲介者はこの契約をもって手数料をいただくことができるため、意図的に簡素化したものを提示される場合もあります。しかし、譲渡契約書は、ホチキスで留まりきらないくらいてんこ盛りの内容が記載されるべきです。でなければ当事者である譲渡者・譲受者にとって不利益になる可能性があるからです。しっかりと記載されているか、締結の押印をする前に、必ず弁護士に確認をしていただきましょう。従業員への説明ここで初めて従業員への説明を行います。これは、事業承継においてとても重要な順序です。大切な従業員ですから、早めに打ち明けたいのはよくわかります。しかし、多くの場合、反対の感情が生じます。事業承継という大きな決断が、従業員の雇用維持を目的としたものあったとしても。では、譲渡契約が成立した以降であれば反対が起きないのか、というとそういうわけではありません。ですが、決定していればその圧力は必然的に弱まります。それだけでなく、買い手である譲受者と協力しあって対応することもできます。承継後のイメージを一緒にお伝えすることは、従業員の皆さまにとっても安心材料になります。重要なのはタイミングだけではありません。真摯に、丁寧に、誠意をもってお話しすることです。詳しくは、以下の記事もご参照ください。Tips|クロージング条件には、従業員の継続勤務もポイント。丁寧にコミュニケーションしていきたい事業譲渡契約を締結した以降も、譲渡条件を満たす努力が双方に求められます。その中でも従業員の勤務継続意思は重要なポイントとなります。仮に、ほとんどの従業員が「退職します」となってしまった場合には、その後の病院運営がままならないことにもなりかねません。したがって、売り手・買い手双方が協力しあって、従業員の勤務継続に向けた話し合いを行なっていくことが大事です。10. 経営の切り替えここからは、譲渡日に向けていろいろな引き継ぎを実施していきます。事業承継の最後のプロセスです。なお、以下に記載する契約の切り替えは、株式譲渡ではなく事業譲渡に基づく必要手続きです。株式譲渡の場合は会社が切り替わらないため、この手続きは不要となります。取引先との契約切り替え仕入れ先をはじめ、インターネットプロバイダ、電話回線、HP、駐車場の契約など、あらゆる契約を切り替えます。ここでの契約相手に漏れがあると、無駄に払い続ける事態にもなってしまいますのでご注意ください。事前にリストアップしておくと良いですね。従業員との雇用契約の切り替え同様に、従業員との雇用契約の切り替えを行います。株式譲渡でないかぎり、雇用契約は切り替えが必要ですから、それぞれと新しく締結し直す必要があります。業務の引き継ぎ院長先生が臨床から引退するしないに関わらず、譲渡日以降も円滑に業務を進行させるために引き継ぎを行います。飼い主さまへの周知病院名が変わったり院長が交代する際などは、飼い主様にも安心してご来院し続けていただけるように、改めてご案内を出すことも大切です。DMなどでお知らせをしていきます。譲渡対価の入金そして、ようやく譲渡対価が入金されます。譲渡契約書に指定された口座に支払われます。この入金確認をもって、プロジェクト完了となります!!!!なお、このタイミングについては税理士ともご相談ください。例えば期末に一括入金されてしまうと、税務処理が追いつかず、節税対策ができなくなる可能性もあります。大きなお金ですから、うまく対策しておくようにしましょう。動物病院の事業承継に関するQ&A個人事業主の動物病院でも承継できる?はい、できます。法人化していなくても、動物病院の経営権は保有しています。その経営権を譲渡するのが、事業承継です。動物病院の売却額はどのくらい?よく、売上の8割と言われますが正確ではありません。譲渡額(売却額)は、利益から計算されます。この利益が多いほど、売却額は高まります。概算ですが、売上に対して、10-15%程度の利益率があると理想です。事業承継の相手は誰が良い?承継の目的によって相手が異なります。承継後もフルタイムで勤務できる場合は企業も視野に入ります。引退を見据える場合には、個人獣医師への承継が適しています。病院の規模によっても異なりますので、記事中の「相手さがし」も参考にしてみてください。赤字の動物病院でも売却は可能?可能です。しかし、売却額は控えめになる可能性があります。もし、承継後には不要となる経費(個人でも使用する車両費や、交際費など)が多ければ、修正利益として黒字が見据えられるかもしれません。事業価値算定の際に、仲介者等にもご相談してみてください。途中で心変わりしたら相手に迷惑がかかる?事業承継までのどの段階で心変わりするかにもよります。何らかの契約書を締結した以降にキャンセルをすると、損害賠償の対象となる可能性もあります。しかし、契約がない状態であれば、特に問題は起きないことが普通です。承継後も動物病院で働き続けることはできる?はい、できます。相手のご要望とも擦り合わせが必要ですが、弊社にご登録されている個人獣医師の95%以上が「旧院長の勤務継続」を希望しています。もちろん「働かない」という選択肢も可能です。以上が動物病院の事業承継・M&Aのプロセスの全体像です。実際にはここでは省略した各種の手続きや注意事項もあります。こうしたさまざまな部分にまで目を配るのは、初めての方同士ではなかなか難しいですし、逆に相手が慣れていれば交渉上不利になることもあります。中立的な仲介者を活用することは大事です。事業承継は、開業医のリタイヤやセカンドライフに大きな活路が見出せる大切な手段です。正しく知って、ハッピーな事業承継ができることを願っています!本記事は、執筆時点の事業承継トレンドを踏まえて可能な限り正確に記載しているつもりです。ですが、M&Aは相手方がいることから、すべてが上記の通りに進むというものではありません。参考に留めていただき、ご自身とお相手に合った進め方をしてください。また、誤字脱字等の不備がございましたら、お手数ですが弊社までご連絡くださいますと幸いです。この記事を書いたライター小川篤志(獣医師)東京都出身 日本獣医生命科学大学 獣医学部卒業後、宮崎犬猫総合病院 院長、TRVA夜間救急動物医療センター副院長として臨床経験を積む。ビジネスサイドに転向後、東証一部上場企業の経営企画部長に就任。新規事業、経営管理、PR / IR、ブランディング、マーケティングを統括。日本初のペット産業特化型ベンチャーキャピタルCEO、海外動物病院法人CEO等を歴任。FASAVA(アジア小動物獣医師会学会)日本支部 理事、ITスタートアップの経営企画担当を経て、XM&Aを創業。主な功績、受賞歴COVID-19感染者のペットを預かる「#stayanicomプロジェクト」の企画・統括・責任者(環境大臣 表彰)熊本大震災 ペット災害支援(熊本県知事 表彰)、西日本大豪雨ペット災害支援日本初のチャットボットを活用した保険オペレーションシステムの構築Web Media「猫との暮らし大百科(web media)」を創設。編集長に就任し、月間100万PV超のメディアに成長上場企業 / スタートアップ合わせ総額50億円超の資金調達を主導<その他現任> 公益社団法人 東京都獣医師会 理事、学校法人 ヤマザキ学園 講師facebook、Podcast