動物病院のM&A・事業承継を検討するとき、ふと「この病院はいくらで売却できるのだろう」と思いを燻らせたことはありませんか? 今回はそんな動物病院の事業価値の考え方について詳しく解説します。ここでは、株式譲渡ではなく、事業譲渡の考え方に沿って解説しています。株式譲渡の場合はここで解説する手法とは算定方法が異なるのでご了承ください。動物病院の価値は、売上では決まらないもうご存知の方もいらっしゃると思いますが、動物病院の価値は売上で決まるものではありません。よく「売上の8割くらいが相場」と聞きますが、そうではないのです。もちろん結果的にそのくらいになることはあります。しかし、事業の価値は売上ではなく「利益」から計算されます。ここを勘違いしてしまうと、割と大きな落とし穴になりますので注意してください。売上が高くても、経費が高ければ利益を生まない例えば、年間1億円を売り上げる動物病院があるとします。そして、経費でも同じく1億円を使っています。つまり、利益はゼロです。しかし、もしウワサの通りに売上ベースで事業価値をつけてしまうとちょっと困ったことになります。これは、譲り受ける側の立場に立ってみるとよくわかります。この病院を1億円の売上の8割、つまり8,000万円で買収したとしましょう。譲り受ける側にとって買収はゴールではなくスタートなので、この8,000万円を時間をかけて回収していかなければなりません。ここで困ったことが起きます。毎年1億円が入る一方で1億円の経費が出ていくので利益が残りません。そうなると、買収した8,000万円の投資がいつまでも回収できずに残りつづけます。多くは、買収のための資金を金融機関からの融資で賄います。この場合だと、利益がないので、借金8,000万円を返済することもできません。ですので、これでは買収する意味がほとんどないのです。買い手としては、何年で投資回収ができるかが論点になるでは、同じ動物病院でも毎年800万円の利益(利益率8%)が出ていると仮定しましょう。そうすると、8,000万円で買収したとしても10年で回収できる計算になります。そして11年目からはその利益がまるっと手元に残ります。これであれば、譲り受ける側にとっては長期的な目線で投資対効果が得られるのです。逆に言えば、高い利益があるほど大きな投資対効果が見込めるため、売却額を高めることが期待できます。動物病院の事業承継を検討したら、まずは決算書をよく見てみようここまでで、売上よりも利益が重要ということが理解できたと思います。上記の仮定の動物病院(売上1億円)を事例に、損益計算書を作ってみましょう。パターンA:しっかり利益を残している場合これは、利益を残しているパターンの損益計算書(PLと言います)です。この病院のサマリーは以下です。売上は1億円規模原価率は、20%人件費率は、42%営業利益率は、8%少しPLの読み解き方を解説しておくと、②売上原価とは薬剤などの仕入れで、売上から売上原価を引いたものを③売上総利益(粗利)と言います。その③から、経費である「販売費および一般管理費(=販管費)」を引くと、⑤営業利益になります。このパターンでは⑤がしっかりと残っていることがわかります。あくまで架空の病院ではありますが、動物病院としてそれほど違和感のない決算内容だと思います。しかし、利益が大きいのでその分税金も多い、というのが難点ですね。※ちなみに、個人事業主であっても基本的にこの損益計算書の構造は変わりません。が、自身への給与や配偶者を専従者給与にしている場合は経費に参入されないので、便宜上「役員報酬」か「給与」の欄に入れてもOKです。パターンB:節税のために利益を抑えているパターンでは次に、パターンBとして「節税のために利益を抑制しているパターン」を見てみましょう。この病院のサマリーは以下です。売上は1億円規模(Aと同じ)役員報酬をUP営業利益率は、1%これもよくあるパターンではないでしょうか。節税を目的に、法で許容される範囲で適切に経費を増やすパターンです。これ自体は問題ありません。むしろクレバーです。しかし、事業売却というプロジェクトだけで見ると、マイナスに働きます。なぜなら、(繰り返しですが)事業価値は利益から計算されるためです。遅くても3年前から「良い決算書」を作れるようにしておく比較してみるとわかりますが、動物病院を譲り受ける側からすれば、魅力的なのはパターンAです。パターンBでは利益が少なすぎるのでほとんどの場合期待する価値はつけられません。もし事業売却を考えているのであれば、数年前、遅くとも3年前から意図的に「(事業譲渡に合った)良い決算」を作れるよう、損益を調整しておくことが重要です。ここちょっと大事なので繰り返します。売却したい時期から逆算して3年間は「良い決算書」を作るようにしておきましょう。逆に、利益が出過ぎていても売りにくくなる難しいところなのですが、じゃあ利益があればあるほどいいかと言われるとそうでもないのです。例えば、例に出した売上1億円の病院で2,000万円の利益を出せたとします。営業利益率は20%と超優秀なPLが出来上がりますが、これだと病院規模に見合わない高すぎる価値がついてしまいがちです。また、事業の持続性の観点でも考える必要があります。例えば、人件費などの本来必要な事業費を絞っていると、承継後にそれらの費用を引き上げる必要が生じるため、持続可能な利益水準ではない、と判断される可能性があります。うまい具合に落とし所をつけられると良いですね。ちなみに、ややテクニカルですが、交渉材料として「本来はこのバリューだけど、ディスカウントしてこのくらい」という形も取れるかもしれません(でも無理は禁物ですよ)。利益が少ないと「悪い決算書」なのか?いえ、そんなことはありません。まずもって、売却を考えていないのに無理に利益を大きくするメリットはあまりありません。平常時は、節税の面を考えてパターンBのような決算で問題ないわけです。仮に「今はパターンBの状態だけれど、すぐにでも売却したい」という場合でも、以下のような論理を示せれば、「想定利益」として高く見てもらえることもあります。言いたきことは、表の右側にあるコメントのように、「ここの経費を減らせますよ」という説明を付けられるかです。例えば、承継後は週休5日にしたいので、私の報酬はこのくらい減らせます交通関連費のうち100万円は承継後には発生しないものなので、除外可能ですその他の費用はアレとコレの分を200万円削減可能ですこのように、「XXで使用した経費は今後不要になるから、年間XX円を削減できます。よってこのくらいの利益が見込めます」というロジックを示せれば、未来の利益の見通しが明るく立てられるので、バリューもつきやすくなります。動物病院の事業価値は、将来生むであろうキャッシュからさきほどから再三「リエキ! リエキ!」と言っていますが、もっと正確に言うと「キャッシュ」です。「この動物病院を譲り受けることで、将来どのくらいのキャッシュが生み出せるか」が事業価値の論点です。しかもそれは「将来どのくらいか」なので、今の利益からだけではありません。動物病院は、引退間際よりも、数年前から事業承継をする方がバリューが付きやすいこれは、特に企業に対して動物病院を売却する時に言えることです。日本にもいくつかの動物病院グループがあります。譲り受ける企業としては、やはり院長やスタッフに継続して働いてもらうこと(=将来的にも安定的にキャッシュフローを生み続けること)を望む場合が多いです。私はよく、動物病院は美容院のビジネスモデルに似ていると表現します。というのも、多くの顧客が「その美容院に行きたい」というよりかは「その美容師さんに切ってもらいたい」と考えます。だから、担当の美容師さん(理髪師さんでも良いのですが)が退職して新たにお店を出すとなったら、ついついそちらにスイッチしてしまいがちです。動物病院も似ていて、病院自体に顧客が付いているというよりかは、院長であったり従業員を信頼して通っている飼い主さまが多い傾向にあります。となれば、院長先生がリタイヤしてしまうと、一定程度の顧客離れが生じます。それは将来のキャッシュフローに対してマイナス方向に働きます。理想は、承継後3〜5年は今まで通り勤務できる状態での承継を目指す「もう臨床はしない」と決めてから事業承継をするのではなく、事業承継後に時間をかけながら徐々に引退するというスケジュールはどうでしょう? これであれば、承継後に現在の経営基盤を継続することができるため、買い手企業としてはリスクが下げられます。それだけでなく、院長が継続してくださるのであれば、代理の院長候補を採用したり、グループ内から異動させる必要もありません。「事業承継か。。その時に考えよう」と考えられる先生も多いのですが、もし将来的にエグジット(売却)を考えているのであれば、予定の数年前から意識的に利益体質を作り、引退する3-5年前に売却してしばらく並走期間を作れると良いです。引退を視野に入れながら、事業売却を検討するスケジュールの例具体例の方がわかりやすいので、記載しておきます。例えば、n年に事業売却するとしたときのスケジュール例です。n-5年:意識的に利益を残す事業計画を税理士等と相談するn-3年:利益率8-10%程度で着地させるn-2年:売却先の検討をはじめる(すぐには見つからない可能性あるため)n年:事業売却n+3〜5年:臨床を継続 →引退※ただし、個人の獣医師へ承継する場合は、この限りではありません。むしろ区切りよく引き継いだ方が円滑に進むことも多いです。このように、n-5年くらいの段階で決算を意識しはじめ、無理のない範囲で利益を調整していきます。ここは税理士さんともよくご相談してください。そして、n年の事業承継に向けて、3期分は利益が残る決算としておくことが望ましいです。また、相手先が見つかるまで1-2年はゆとりを持っておきましょう。その後、事業承継ができれば、3〜5年はその病院で勤務できるようにしておけると、良いですね。まとめ「売上の8割は本当か?」というテーマでお送りしましたが、本当ではない、というのが結論です。じゃあどのくらいか、と言うと、決算書だけではない様々な状況によって変わります。どのくらいの売却額を見込みたいか臨床を継続する期間はどの程度かその場合は、週何日勤務できるか自己所有物件で貸与するか、テナントかなどなどです。XM&Aでは事業価値算定も無償で行いますので、ご興味があれば本ページ下部の「お問い合わせフォーム」よりご連絡ください。【関連記事】動物病院のM&A・事業承継を考え始めたら今日からやるべき5つのことこの記事を書いたライター小川篤志(獣医師)東京都出身 日本獣医生命科学大学 獣医学部卒業後、宮崎犬猫総合病院 院長、TRVA夜間救急動物医療センター副院長として臨床経験を積む。ビジネスサイドに転向後、東証一部上場企業の経営企画部長に就任。新規事業、経営管理、PR / IR、ブランディング、マーケティングを統括。日本初のペット産業特化型ベンチャーキャピタルCEO、海外動物病院法人CEO等を歴任。FASAVA(アジア小動物獣医師会学会)日本支部 理事、ITスタートアップの経営企画担当を経て、XM&Aを創業。主な功績、受賞歴COVID-19感染者のペットを預かる「#stayanicomプロジェクト」の企画・統括・責任者(環境大臣 表彰)熊本大震災 ペット災害支援(熊本県知事 表彰)、西日本大豪雨ペット災害支援日本初のチャットボットを活用した保険オペレーションシステムの構築Web Media「猫との暮らし大百科(web media)」を創設。編集長に就任し、月間100万PV超のメディアに成長上場企業 / スタートアップ合わせ総額50億円超の資金調達を主導<その他現任> 公益社団法人 東京都獣医師会 理事、学校法人 ヤマザキ学園 講師facebook、Podcast