私たちXM&A(てんま)には、日々全国の獣医師から独立(事業承継や新規開業)に関するご相談が寄せられます。そのなかで、先生方からは「リアルな不安」が聞こえてきます。「勤務医のままでは何も残らないのではという漠然とした恐怖がある」 「家を買って住宅ローンがある状態で、独立のための融資が受けられるのか不安」 「妻も獣医師で、子育てのサポートを得ながらリスクを抑えて独立したい」臨床スキルに自信がついてきた頃、「将来への不安」と「独立への思い」が交錯するのは自然なことです。そこで最初に立ちはだかる最大の問いが、「新規開業か、事業承継(M&A)か」という選択肢です。結論から言えば、現在の業界環境においては、経済合理性の観点から「事業承継」に軍配が上がります。この記事では、その理由について、新規開業と事業承継で迷っている若い獣医師に向けて、リアルな現状と「失敗しない独立ルート」を具体的に解説します。なぜ今、「新規開業のハードル」が、かつてなく高いのか?新規開業は永遠の魅力です。自分の城を自分の手で作り上げる。獣医師なら誰もが想像したことのある夢の一つです。しかし、「先輩たちはみんな新規開業で成功しているから」という考えは、少し立ち止まって考えてみても良さそうです。ここ数年で、新規開業を取り巻く環境は激変しているからです。動物病院市場の競争激化マクロ環境を見ると、1病院あたりの犬猫数は過去10年で約20%減少しており 、競争はこれまでになく激しい状況となっています。さらに今後、特に犬の数は急激に減少することが見込まれています。動物病院の顧客の6-7割が犬であることを考えると、より厳しい時代に突入していきます。止まらない初期費用の高騰現在、新規開業にかかるコストは過去最高水準に達しています。地価や建築資材の上昇は顕著です。地域によりますが、ここ10年で土地代も建設費もそれぞれ3割ほど上昇しているとも言われます。最新のエコーやレントゲンなども値上がりしており、医療機器を揃えるだけでも莫大な初期投資が必要です。シビアな融資環境これだけ競合がひしめき合う中で「ゼロから患者を集められるのか」を金融機関はシビアに見るようになりました。新規開業の場合、実績がないためこうした高額融資を受けるハードルは極めて高くなってきています。成功の鍵を握る「スタッフの採用」病院ができても、人がいなければ診療はできません。愛玩動物看護師の国家資格化に伴い、有資格者の採用ハードルと人件費(転職エージェントにかかる費用も含む)は跳ね上がっています。将来が不透明な新規病院が、オープニングで経験豊富なスタッフを複数名確保するのは、至難の業です。「子育て」が独立を考えるきっかけでもあり、ハードルでもあるXM&Aにご相談いただく方のほとんどが、30代から40代です。そしてそのほとんどが子育て関係のライフイベントに直面しています。「生まれてくる娘のためにしっかりとした生活基盤を築きたいから独立を考えている」、「今度小学生に上がる息子がいる」、「今の給与のままでは、子供を育てられない」など。一方で、いざ独立に向けて動き出そうとすると、この「子育て」が大きなハードルとして立ちはだかることに気づきます。新規開業で子育てをすることの難しさ新規開業の場合、立ち上げの数年間は顧客が定着するまで休みなく働き続けるケースが少なくありません。資金繰りのため院長給与も低く抑えざるを得ません。配偶者・パートナーに経済的・物理的な負担を任せる形となってしまいます。私自身も親として痛感しますが、特に時間こそ重要です。一番かわいい赤ちゃんから小学生の頃の思い出(手を繋いで公園に行く、お風呂に入れる、旅行にいく、入園式や運動会に参加する)は何よりの宝物です。すでに売上と利益が出ている病院を引き継ぐ「事業承継」なら、初年度から子育てに必要な報酬を確保でき、診療体制も整っているため時間的な自由度もある程度持つことができます。事業承継を決心する方の大きな決め手となるのは、ここであることが多いように感じます。「事業承継」3つの手堅いメリット新規開業にはない、事業承継ならではの経済合理性を解説します。1.銀行からの圧倒的な信用度の違い事業承継による開業のメリットは、とにかく最初から通院している患者さんが存在し、初日から売上が立つことです。黒字からのスタートが見込めるため、貸し倒れリスクに対する銀行の評価は新規開業とは全く異なります。そのため、自己資金がそれほどなくても融資を受けやすいのが特徴です。2.高い役員報酬(給与)の確保動物病院の人件費の半分弱は院長への報酬です(もちろん規模にもよります)。事業承継なら、前院長に近い報酬水準を引き継げるため、勤務医時代よりも高い収入でスタートできることがほとんどです。もちろん、新規開業よりも高い水準で。3.「事業承継でスタートダッシュ」からの「移転してリニューアルオープン」という柔軟なキャリアプランも「自分の理想の病院をゼロから設計したい」という思いを手放す必要はありません。まずは事業承継で経営基盤を安定させ、借入金を返済したのちに、移転・リニューアルという形で理想の病院設計を行うという方法も可能です。「独立の入り口を事業承継にする」というだけで、独立直後のリスクを抑えつつ、将来の選択肢を広げることはできます。知っておくべき、事業承継の「リアルな注意点」もちろん特有の難しさもあります。私たちが面談でお伝えしている注意点やデメリットについても触れておきます。既存カルチャーへの尊重と歩み寄り前院長が築いたスタッフや顧客との信頼関係に合わせていく歩み寄りの努力が必要です。事業承継には、この「既存のやり方やスタッフを尊重しつつ、時間をかけて変化させていく」という柔軟性が求められます。前院長がいなくなるインパクト急な院長交代には、どうしても避けられないことがあります。それが「顧客離れ」です。そのためには、引き継ぎ期間として前院長に週1~2日程度残ってもらうことも良い方法です。顧客の不安を和らげるだけでなく、従業員の不安も抑えやすくなります。うまく分担できれば、週7日営業を実現することも可能です。自分が休みの日に診察してもらうことで、なるべく軋轢を避けつつ、売上への貢献はもちろん、入院管理なども盤石になり、顧客への安心感や利便性に繋げることができます。設備や医療機器が「中古」であること承継する病院の機材は、前院長が使用してきた中古品です。使い勝手が違ったり、型が古かったりすることもあります。まずは既存の機材で着実に利益を出し、その利益を使って本当に必要な機器を計画的に入れ替えていく、という堅実さが求められます。診察室数などのハード面が変えづらい動物病院の売上の天井は診察室の数で決まると考えています。「1時間あたりの診療枠数×診療時間×診察室の数」が診察件数の最大値になるからです。勤務医を雇用して更なる拡大を目指したくても、診察室の数による制限を受ける場合もあります。事業承継に不可欠な視点動物病院の事業承継は、単なるカルテの引き継ぎではなく「患者さんからの信頼」と「共に働くスタッフへの尊重」を引き受けることです。事業承継はゴールではなくスタートです。前院長体制で培ってきた信頼や文化を尊重し、その強みを最大限に生かしていく長期的な目線が最も重要です。私たちXM&Aは、メンバー全員が獣医師であり、実際に50病院以上を承継し経営してきた経験を持ちます(前職で、ですが)。そのバックグラウンドと経験を持って仲介事業をしています。同じ獣医師だからこそ「高く売れればいい」という仲介事業者本位の考え方ではなく、人生をかけた両者が納得し、病院運営が健全に続いていくことを第一に考えています。「新規開業か、事業承継か」——もし今のキャリアや将来に迷いがあるなら、決断する前で構いません。強引な説得はしませんし、先生のお考えを最重視し、納得のいくキャリア選びを一緒に考えます。お気軽にご相談ください。この記事を書いたライター小川篤志(獣医師)東京都出身 日本獣医生命科学大学 獣医学部卒業後、宮崎犬猫総合病院 院長、TRVA夜間救急動物医療センター副院長として臨床経験を積む。ビジネスサイドに転向後、東証一部上場企業の経営企画部長に就任。新規事業、経営管理、PR / IR、ブランディング、マーケティングを統括。日本初のペット産業特化型ベンチャーキャピタルCEO、海外動物病院法人CEO等を歴任。FASAVA(アジア小動物獣医師会学会)日本支部 理事、ITスタートアップの経営企画担当を経て、XM&Aを創業。主な功績、受賞歴COVID-19感染者のペットを預かる「#stayanicomプロジェクト」の企画・統括・責任者(環境大臣 表彰)熊本大震災 ペット災害支援(熊本県知事 表彰)、西日本大豪雨ペット災害支援日本初のチャットボットを活用した保険オペレーションシステムの構築Web Media「猫との暮らし大百科(web media)」を創設。編集長に就任し、月間100万PV超のメディアに成長上場企業 / スタートアップ合わせ総額50億円超の資金調達を主導<その他現任> 公益社団法人 東京都獣医師会 理事、学校法人 ヤマザキ学園 講師facebook、Podcast