動物病院の事業承継・M&A徹底議論というテーマで、3回に分けてお送りする連載記事。本記事は、VETSTECHセミナーでの講演を記事として再構成したものです。Vol.1では、廃業と事業承継の違いから、事業承継後に起こることをテーマに、上野先生と対談します。ナビゲーター:佐倉星コメンテーター:上野弘道(日本動物医療センターグループ代表、東京都獣医師会 会長)スピーカー: 小川篤志 (XM&A/株式会社THE JUICY 代表、東京都獣医師会 業務執行理事)本記事はVETSTECHにおける対談セミナーをもとに、発言の趣旨と掛け合いを保って、読みやすさに配慮した整文・再構成をしています。対談部分は逐語録ではありません。廃業は「100m走」、事業承継は「駅伝」。走った先にあるものは?ー 今日はよろしくお願いします!(上野・小川) よろしくお願いします!ー さっそくですが、小川先生。動物病院経営の締めくくりとして、廃業と事業承継という二つの選択肢があります。まず、この違いから教えていただけますか。(小川) はい。競技にたとえるなら、廃業は100m走です。自分で最後まで走り切り、ゴールテープを切ることができます。ただ、言うほど簡単でもありません。登記や税務手続き、医薬品の処分。テナントなら原状回復も必要ですよね。普通の建物と違って、動物病院にはレントゲン室などもあるので、片づけにもお金がかかります。ー なるほど。廃業は100m走。だけどゴールテープを切るのもコストがかかると。(小川) はい。でも一番の課題は、やっぱり従業員を解雇しなくてはならないという点です。まだ若い方も多いはず。閉院後にその人たちの働く場を提供できなくなるというところに悩む方が多いです。ー では、事業承継はどうでしょうか?(小川) 事業承継は、言うなれば「駅伝」です。次の経営者が来てくださるので、従業員の雇用や、患者さんがかかりつけとして通う関係を続けていくことができます。僕はよく、動物病院の事業譲渡はキャッシュバック付きの社会貢献だと話しています。ー キャッシュバック付きの社会貢献...!(小川) はい、キャッシュバックと言うと、ちょっと軽く聞こえるかもしれませんけど、病院って、そこにいるスタッフ、通っている飼い主さん、取引先や銀行など、いろいろな人たちの支えになっている社会のインフラです。そのつながりは、事業承継によって続けることができる。そこには地域における社会貢献としての大きな意味があると思うんです。しかも、譲った先生は、その対価を受け取れるわけです。「自分の代で終わり」にする前に、役割を分けて考えてみるーとはいえ、このデータにもあるように、自分の病院を売却することに抵抗がある方も一定いらっしゃいます。上野先生は、そのあたりをどう思われますか?(上野) そうですよね。それぞれお考えがあると思うんです。医療を医術と捉えたときに、自分のやってきたことをお金に換算して終えるより、自分で走り切ってテープを切ることを美しいと感じる。そういう美学もあるのかなと思いますね。(小川) 同感です。だから、廃業を決してネガティブに捉えるべきではないんですよね。特に獣医師のような専門職は、病院を事業として捉えるよりも、自分の人格の延長のように感じることもあって、そこを切り離して譲ることには抵抗感があって当然なのかなと。(上野) そうですね。先輩方とお話ししていても、お子さんが獣医師にならないと分かった時点で、後継ぎはいないから自分の代で終わり、と思っている方がいらっしゃるように感じます。ー なるほど。後継ぎがいない、イコール自分の代で終わりと(上野) でも、ファミリービジネスという視点で考えると、家族であること、会社を持つオーナーであること、現場を担うことは、分けて考えられますよね。現場に入るのが、自分の血縁者でなくてもいいわけです。その三つを切り分けると、事業として考えやすくなる気がします。(小川) 先生ご自身も、臨床と経営を切り離していらっしゃいますよね。なかなかできる決断ではないですよね。(上野) そうですね。当時はちょっとつらかったけどね(笑)。特に外科は大好きだったから。「うちは小さいから無理」? 病院にあるのは、地域の安心ー 自分の病院を継いでくれる人はいないのでは?という声もあるようですね(小川) はい、よくそんな声を聞きます。ただ、そんなことはないんです。どの病院にもカルテがあります。カルテがあるということは、そこに通う患者さんがいるということです。賃貸でも個人事業でも地方でも問題はありません。(上野) 大きな病院でなければ譲れない、と思ってしまう面もあるんですかね。(小川) それはあると思います。獣医師同士の飲み会でよく話題になるのは、誰々先生が何億円で売ったらしい、という話だったりしますよね。あれは、すごいパワーワードなんですよ。(上野) ああ、なるほどね。(小川) うちはそんな大きな病院ではないから無理だろう、と考えてしまう。でも、引き継ぎたい若い先生が望んでいるのは、大きな病院ではありません。だってそんな資金を準備できませんからね。地域に根差した病院こそ求められています。ー 上野先生へ事業承継の意義を伺ったとき、「安心の承継」という言葉をいただきました。こちらも教えていただけますか?(上野) これは、誰を主語にするか、ということだと思うんです。その地域には、先生がそこにいてくださることで、安心して動物と暮らしている方々が、すでにいますよね。日常では分かりづらいかもしれませんけれど、その場所で動物医療が続いていること自体に、ものすごく価値がある。病院がなくなれば、その安心も途切れてしまいます。事業承継によって、地域の方々の安心がつながっていく。僕は、そう感じています。(小川) 僕が社会貢献、地域貢献と言ったことが、先生の言葉だと、地域の安心が続いていく、になるのが印象的でした。動物病院は街のインフラだという考え方も、すごくしっくりきます。これから新しく病院ができるとは限らない地域では、今ある病院を守り続けることが、ますます大切だと思います。事業承継とM&A、違いを聞かれて「かっこよく答えたいね」ー ところで、事業承継ともM&Aとも言われますが、言い方に違いはあるんですか?(小川) 上野先生、ご存じですか。事業承継とM&Aって、何が違うか。(上野) うわあ、なんかかっこよく答えたいね……。ごめん、ちょっとお願いします(笑)。(小川) すみません。そんな質問をしておいて、僕も割と最近知ったんです。事業承継が大きなくくりで、その中に、親族への承継、従業員への承継、第三者への承継があります。(上野) なるほど。第三者への承継をM&Aというんですね。ー この三つで、引き継ぐものは違うのでしょうか?(小川) 全部同じです。経営を次の方に譲り、対価を得るというのが、ここでお話ししている承継の基本形です。カルテ、医療機器、医薬品、建物や施設、細かくいえばホームページなども引き継いでいきます。土地・建物を譲るかどうかは任意です。個人で引き継ぐ先生は、土地の購入資金まで用意するのが難しいこともありますから。ー そうですよね。従業員はどうなるのですか?(小川) それが一番大事です。もちろん従業員の雇用も引き継がれることが原則です。それも、基本的には、これまでと同じ条件かそれ以上の条件で雇用を継続してもらうことを前提に進みます。編集部補足:事業譲渡による労働契約の承継には、対象となる従業員の個別の承諾が必要です。雇用が自動的に引き継がれるという意味ではありません。厚生労働省「企業組織の再編に伴う労使関係」を参照。「承継=引退」ではない。臨床が好きなら、続け方を変えればいいー 上野先生の周りにも、病院を譲渡された先生がいらっしゃるとのことですが、その先生方は今も働いていらっしゃるんですか?(上野) そう、皆さん働いていらっしゃるんですよね。ー 小川先生、承継は引退だけではない、ということになるんでしょうか?(小川) そうです。事業承継イコール引退、と考える方も多いのですが、実はそうではなく、いろいろな選択肢があります。週5日で続ける、週2日だけ働く、手術だけ手伝う、その辺りはフレキシブルです。僕たちが支援した中でも、完全引退はせずに「半分だけ身を引く」ような働き方を続けるケースが多いです。(上野) へー。なるほど。(小川) もちろん、希望すれば引退もできます。ただ、企業に譲る場合には、一定期間、働き続けることが条件になるケースが多いです。今の院長が辞めてしまうと、経営状況の維持は難しいですからね。なので、譲る相手によっても変わってきます。ー 働きたいというニーズも多いんですか?(小川) 実は多いです。分かりやすい答えが一つあって、ほとんどの方が「臨床が好き」とおっしゃいます。(上野) うん、確かに。僕も好きです。(小川) 週6日、週7日と働いていると、どうしても疲れたな、という感覚になりますよね。でも、パタッとゼロになると、ものすごい喪失感がある。そこで、自分は実はすごく臨床が好きだったんだ、と気づくみたいなんです。だから承継した後にまた開業した先生なんかもいらっしゃいますよ。(上野) そうだよね。なんかわかる気がする。ー 譲り受ける先生はどう考えるのでしょう?(小川) そこ! むしろ「少しでも残ってください」と頼まれることが多いんです。9割以上がそう答えますよ。今まで経営者ではなかった方が、急に経営者になるわけですから。(上野) 初めて経営するわけだから不安だよね。(小川) そうなんです。前の先生が手伝ってくだされば、患者さんとの関係も続けやすい。獣医師が純増するわけなので、売上だって上がる可能性がありますしね。(上野) そうか、そうか。一緒に働くときの軋轢(あつれき)とかは気にしないのかな?(小川) そういう時は、週2日は旧院長先生が担当し、週5日は新院長が担当するなどのやり方も可能です。勤務日が重ならなければ摩擦も生まれにくくて、新しい先生が伸び伸びとやりやすいんです。(上野) 臨床の考え方も違うもんね。(小川)そうなんですよ。今まで自分がやってきたことを、がらっと変えられると、うわっ、となることはありますから。(上野) 確かに、確かに。(小川)そこは仕方がないですよね。だから、働く日を分けるのも、うまい方法だと思います。バトンと一緒に渡すのは、地域で積み重ねてきた価値ー 改めて、これからの動物病院にとって、事業承継にはどんな意味があると思いますか?(上野) 先ほどは安心と言いましたけれど、お話を聞いていて、価値の連鎖のようなイメージを持ちました。動物医療がその地域で必要とされていて、そこに価値がある。それが連綿とつながっていく、という感覚ですね。ー価値の連鎖。なるほど。素敵な言葉ですね。(vol.2「事業承継とお金の話」に続く)