動物病院の事業承継・M&A徹底議論というテーマで、3回に分けてお送りする連載記事。本記事は、VETSTECHセミナーでの講演を記事として再構成したものです。Vol.1「廃業か承継か」に続き、Vol.2では、譲渡額や事業価値をテーマに、上野先生と対談します。ナビゲーター:佐倉星コメンテーター:上野弘道(日本動物医療センターグループ代表、東京都獣医師会 会長)スピーカー: 小川篤志 (XM&A/株式会社THE JUICY 代表、東京都獣医師会 業務執行理事)本記事はVETSTECHにおける対談セミナーをもとに、発言の趣旨と掛け合いを保って、読みやすさに配慮した整文・再構成をしています。対談部分は逐語録ではありません。「一番気になります!」――病院は売上の8割で譲れるのかー 病院を譲渡するときは、売却によって得られるお金もポイントになると思います。一番気になるところなのかなと。(小川) そうですね。大事な話です。データを用意しました。僕たちが支援した動物病院の売上高と事業価値を並べたものです。どの病院か分かってしまうようなケースや、著しく高い売り上げのある病院などの外れ値を除いています。(上野) ほう!(小川) 斜めのラインは、売上と事業価値を同じとした場合のガイドです。おおよそ、この近くに集まっているのがわかると思います。ー はい。(小川) この線を上回る病院は、このデータではあまり多くありません。売上高に対する事業価値の比率の中央値は82%でした。まことしやかに言われる「売上の8割ぐらいで譲れるらしい」、「売上の8割が相場」という話は、少なくともこのデータの結果だけ見ると近いですね。ー なるほど。上野先生、気になるところはありますか?(上野) 意外とちゃんと相関しているんですね。もっと、ぽんと離れたところにあるのかと思ったら……あ、へこんでいるところもありますね。(小川) そうなんです。売上高1億円のところを見ていただくと、同じくらいの売り上げなのにも関わらず、事業価値が4,000万円弱の病院と、1億5,000万円ぐらいの病院がありますよね(上野) あ、本当ですね。(小川) 同じ売上なのに、事業価値はこれだけ違う。なぜかというと、価値を利益から計算しているからです。売上の8割というのは、あくまで結果論です。ー 売上の8割はあくまで結果論であって、それ以上になることもそれ以下になることもあると。(小川)はい。病院によって経営状態や特色や将来性というのは千差万別です。結果論の8割を相場にしてしまうというのは違うので、そこは注意が必要ですね。データについて:数値は録画で紹介されたXM&Aの支援事例の一部です。業界全体の相場や、個別病院の価格を決める算定式を示すものではありません。売上が大きくても、利益が残らなければ?ー 利益から計算される、とおっしゃいましたが、もう少し詳しく教えてもらえますか?(小川) はい。譲り受ける側は、投じたお金を回収しなければなりません。そのためには、売上ではなく、最終的な営業利益や純利益を見て、何年で回収できるのかを考えるわけです。これがM&Aの原則です。(小川) 売上は大きくても、営業利益がほとんど残らない病院だったらどうでしょう。仮に年間100万円しか出ていなければ、回収には相当な期間がかかります。そうなると事業価値は下がりやすいし、逆に利益が出る病院は評価されやすい。売上だけを見ていても、正しい事業価値は見えてこないわけです。(上野) なるほどね。そのとき、新たな経営者の報酬は、どう計算に入れていくんですか? 次の院長がいくら受け取るかによって、最後に残る営業利益も変わりますよね。取り分が多いか少ないかで、違ってくる気がするんだけれど。(小川) まさに! 例えば今の院長が年2,000万円の役員報酬を受け取っているとします。承継後、それをそのまま適用するというのはちょっと乱暴ですよね。若い先生が引き継いで、いきなり同じ報酬からスタートするとは限りません。(小川) 仮に次の経営者の報酬を800万円とすると、差額は1,200万円です。その分は、利益に上乗せして考えられます。こうして実態に合わせた修正利益を出すことが、とても重要なんです。(上野) うん、なるほど。(小川) 同じ考えで、報酬だけでなく、承継後には不要になる経費もあります。車とか交際費とかもそうですよね。そうしたところを細かく確認して調整することで、その病院の本質的な価値をきちんと見ていくことが大切です。用語補足:修正利益とは、報酬や経費を承継後の想定に合わせて調整した利益のことです。ここでの報酬額は説明のための仮定で、次の院長の適正報酬を示したものではありません。ー その事業価値を高めるための工夫として、今からできることはあるんですか?(小川) 当たり前のことですが、事業承継のために何か数字を操作する、というのは本質的なことではありません。その上で、少なくとも事業の経費と家計は、ちゃんと切り分けておく。これは大事だと思います。(上野) そうだね。(小川) そう。相手にとっても一世一代のチャレンジなわけです。「このうち、だいたい年間100万円くらいは承継不要な経費です」では納得していただけないので、どれが病院の支出で、どれがそうでないか、根拠が必要です。最初から正しく説明できる状態をつくっておくのが大切ですね。「会社ごと」と「事業を譲る」は、何が違う? 個人事業主の時の考え方はどうなるのか(上野) 利益の話と、バランスシート(BS)、つまり貸借対照表は、どんなふうに関係してくるんでしょうか?(小川) ここは、事業譲渡なのか、株式譲渡なのかで見方が変わってきます。株式譲渡の場合にはBSに含まれる資産などを加味して計算されます。(上野) あ、そういうことか。そこもう少し詳しく教えて。(小川) 了解です。M&Aには2種類があって、それが事業譲渡と株式譲渡です。(上野) はいはい。(小川) 事業譲渡は、会社が経営する一つの事業を売却して、会社は経営者のもとに残る方法です。ー 株式譲渡は?(小川) 株式譲渡は、会社ごと売却するという方法です。ですから、会社が保有する資産全てが承継の対象になります。現預金も、保険積立金も、固定資産も。だから見かけの譲渡額はこちらの方が高い。ただ、事業譲渡の場合は、会社の現預金や固定資産はそのまま保有し続けられるので、どちらが良いかというのは見方によって変わります。他の事業がある場合にはそれは引き続き残せますしね。(小川) でも、税金を考えると、株式譲渡に分があります。(上野) そうか。事業譲渡は、一時的に入る大きな売却益に対して丸ごと法人税がかかるのか!(小川) その通りです。もちろん節税対策をしなければですけどね。一方で、株式譲渡の方は株式売却にかかる税金なので、およそ20%程度と言われています。(上野) なるほどね。デメリットもあるの?(小川) はい。売り手にとっては株式譲渡の方が良いようにも思うんですが、相手の買い手からすると、必ずしもポジティブではありません。個人の先生が引き継ぐ場合は、資金の用意も大変です。会社の現金分も資産分もまとめて引き受けるので、高額な資金が必要になるというわけです。もちろん会社が抱えるリスクなどもすべて引き継がれます。だから、株式譲渡を条件にすると相手がかなり絞られてしまうというのがデメリットです。(上野) ああ、そうか。ちなみに、事業譲渡なら、譲る側の先生が個人事業主でもいいわけですか?(小川) それは大丈夫です。個人事業主には株式がないので株式譲渡はできませんが、事業譲渡は問題なくできます。(上野) なるほど、なるほど。ちょっと整理できました。ー 譲渡の範囲にも、いろいろあるんですね。勉強になります。編集部補足:事業譲渡は資産や契約などを個別に引き継ぐ方法、株式譲渡は会社の株主が変わる方法です。価格だけでなく、引き継ぐ範囲やリスク、必要な資金を合わせて確認します。中小企業庁「中小M&Aガイドライン」を参照(vol.3「どんな相手が待っているの?」に続く)